ホンダの電気自動車(EV)「ホンダe」(Honda e)がいよいよ発売となった。昨年の東京モーターショーに登場して以来、期待をもって待っていた人も多いのではないだろうか。日本車では日産自動車の「リーフ」と「e-NV200」、そして軽自動車の三菱自動車工業「i-MiEV」以外にEVがなく、新たな選択肢という意味でも注目度は高い。ただ、ホンダの販売計画は年間1,000台と極めて消極的だ。なぜか。
ホンダならではの斬新なEVが誕生!
「N360」や「N-ONE」などを彷彿させる、本田宗一郎時代からの特徴的な姿を継承したホンダeには、ホンダファンも胸を熱くしていることだろう。海外では、リチウムイオンバッテリーが高価であることや、各地域での規制を達成する目的から、高級車や大型SUVでEVを作る例が目立つが、軽自動車で4輪事業に進出したホンダらしく、「スモール・イズ・スマート」の考えに基づき、小型のハッチバック車でEVの市販化を図った点も同社ならではだ。
ホンダeの開発責任者は、ホンダらしさを探求するため静岡県浜松市にある「本田宗一郎ものづくり伝承館」を訪ね、そこで「当社は絶対に他の模倣をしない。どんなに苦しくても自分たちの手で日本一、いや世界一を」目指すとした本田宗一郎の言葉に触れたと語った。それが、ホンダeの姿に凝縮されている。
実際の開発に際しては、欧州の二酸化炭素(CO2)排出量規制への対応を主眼に、人が密集する市街地での利用に最適なクルマを目指したという。将来的には、家とクルマ、電力会社とクルマ、ウェブとクルマといったように、ほかとの有機的なつながりを持った世界を構成する一員としてEVを位置づけ、家庭のリビングから職場までを切れ目なく連続させる「シームレスライフクリエーター」という概念のもと、ホンダeを開発したそうだ。
この言葉を聞いて思い出すのが、1990年代に「オデッセイ」からはじまった「クリエイティブ・ムーバー」という新車の一群だ。「オデッセイ」「ステップワゴン」「CR-V」「S-MX」という、それまでホンダが持たなかった車種を次々に市場へ送り出し、生活を豊かにするクルマ像を創造したのである。
環境やエネルギー問題を解決するため、単にクルマをエンジン車からEVに代替するだけでなく、暮らしや社会を新しく再構築する一要素としてのEVという発想は、ほかにあまり例がない。
ホンダeの車両概要は、すでに多く語られているだろう。個別の技術や機能の説明はここでは省くが、ホンダeの商品性には以上のような背景がある。
本気でEVを普及させる気持ちはあるのか
いかにもホンダらしく、ほかとは違った新鮮な視点のもとに開発されたホンダeではあるが、初年度の国内販売台数は年間で1,000台のみであるという。これには驚いた。月で割ると、わずか83台強でしかない。国内に220店舗ほどあるホンダの販売店すべてに行きわたらないほど少数だ。
開発者の意気込みは分かるのだが、この数字では、ホンダが本気でEVを導入しようとしているとは思えない。
10年前の2010年12月に発売となった日産「リーフ」は、プレスリリースに販売計画こそ記載されていなかったものの、その後の販売動向を追っていくと、翌2011年には年間で約1万300台を売っている。次の2012年は約1万1,000台、2013年は約1万3,000台で、2014年は約1万4,000台とじわじわ台数を増やしていった。この間、2013年4月と2014年3月には車両価格の値下げを実施。それでも2015年には約9,000台に台数を落としたが、同年12月に駆動用バッテリーの搭載量を増やし、一充電走行距離を伸ばした効果が2016年には出て、再び1万4,000台を回復する。
リーフは2017年9月のフルモデルチェンジで2代目となり、翌2018年には2万5,000台以上を売った。昨2019年は約1万9,000台である。
いつまでも細かく数字を追っていても仕方がないものの、一充電走行距離がJC08モードで200キロしかなく、全国の急速充電器もまだ十分に整備されていなかった時代に、初代リーフの前期型は月に約850台は売れていたわけだ。これを踏まえると、ホンダeの年間1,000台(月平均83台強)という数字が、いかに消極的であるかがわかる。
その理由はどこにあるのだろうか?
ホンダの回答としては、パナソニックと共同開発したリチウムイオンバッテリーの供給が間に合わないのだそうだ。そのような部品供給体制で発売し、もし、予定台数の2~3倍も注文が来たらどうするのか? ホンダeの営業担当からは「そうなったら、頑張って生産します」との答えが返ってきた。頑張れるなら、なぜ、最初からやらないのだろう。それとも、開発陣が熱く語ったホンダeの商品力に、営業担当はよほど自信がないのだろうか……?
日産リーフがフルモデルチェンジして間もなく、私はリーフの所有者数名にグループインタビューを行った。彼らは初代から乗り継いだ人々だ。その際に語られた言葉で忘れられないのは、「一充電走行距離は気にしませんでした。乗ってみたらいいクルマだったので買いました」という購入動機である。
初代リーフは当時の日産車のなかでも十分、買うに値する商品性や走行性能を備えていた。洗練されたモーター駆動の走り、リチウムイオンバッテリーを床下に搭載することによる低重心がもたらす操縦安定性、通信機器を搭載することで広がる情報収集力とオペレーターからの支援機能、スマートフォンとの連携など、どれをとっても新しい魅力にあふれていた。
世間では、空調を使いながら運転すると100キロも走るかどうかで、充電の拠点も限られ、使い勝手が悪いと酷評された初代リーフだったが、それらは乗ったこともない、所有を考えたこともない人たちの意見であったと想像される。その一方で、上記の販売台数が示す通り、数万人の人たちはそれでもリーフを愛用したのである。日産も、全国の販売店に急速充電器を整備し、40キロ圏内には必ず充電の用意があるよう準備を整えた。
実質的に一充電で100数十キロしか走行できないリーフを経験した人たちにとって、WLTCモードで約280キロの走行が可能なホンダeは、走行距離としてまったく懸念がない。しかも、全国の充電設備は過去10年間で十分に整備され、国内ほとんどの場所へEVで行ける環境にもなっている。
液晶画面が5枚も並ぶ独特のダッシュボードや、カメラを活用したドアミラーやルームミラー、白線のない駐車場でも自動で誘導してくれる駐車機能、最小回転半径が軽自動車より小さい4.3mという機敏さ。そんな特徴を持つホンダeは、これまでに経験したことのないようなEVだ。このクルマを手にしたいと思う人は、年間1,000人にはとどまらないだろう。例えば初代リーフを経験した人たちが、次はホンダeに興味を示す可能性はかなり高いのではないか。
本田宗一郎は、ものづくりに際して「人の真似は大嫌いだ」といったが、それ以前に大切にしたことは、世のため人のためになるものづくりを行うことであり、それを3つの喜びとして明らかにした。「作って喜び、売って喜び、買って喜ぶ」である。
ホンダeの商品性に、作った喜びは示されているかもしれない。しかし、売って喜び、買って喜ぶ人たちへの気配りが欠けている。
リチウムイオンバッテリーの生産が間に合わない、リチウムイオンバッテリーの原価が高いので、これ以上の台数が売れたら会社は儲からず、かといって、もっと高い値段をつけたら買ってはもらえないだろう……。そんな言い訳を本田宗一郎が耳にしたら、スパナが飛んでくるのではないか。
言い訳をするなら作らなければいいし、売らなければいい。欧州でCO2規制の罰金を回避するだけのために生まれたのだとすれば、ホンダeもまた、哀れなEVである。