■ドラマは、日常に浸透してくるようなもの
――松重さん×テレビ東京さんというと、『孤独のグルメ』を筆頭に、「面白いことをしてくれるんじゃないか」という期待が視聴者にはあります。松重さんから見たテレビ東京さんはどんなテレビ局ですか?
「普通これはありえないよ」とボツになるようなものでも拾い上げてくれる、ありがたいテレビ局に、たまたま巡り合えました。尚且つ、他の局だと切り捨てられるような視聴率でも、じわじわと長く続けられるのは、ここでしかありえないなという実感があります、本当にラッキーだったと思います。
チャレンジングな作品でも、長くやって徐々にお客さんが増えていくと、俳優にも「この局で面白いことやりたい」という人が増えて、意欲的な作品がさらに増えるんでしょうね。『猫村さん』も2分半の深夜のドラマなのに、すごい人たちから「出たい」とおっしゃっていただけて、「ああ、すごいな」「大河ドラマで信長役をやっている人(染谷将太)が、深夜ドラマで頭にトサカを作ってヤンキー役だなんて」と(笑)。ちょっと前だったら不謹慎だと言われるかもしれないことが成立するわけで、そういう自由を獲得できるようになったのも、この局のおかげだと思います。
――うちのサイトでも、ドラマ期待度のアンケートをとると、いつも『孤独のグルメ』が上位に来るんです。
それだけ、ドラマが期待されてないということですよ!(笑) その代わり、多様性は昔より出てきたと思うので、「今までなかったな」というニッチな部分にハマるものがあったのだと思うんですよね。あくまでビギナーズラックというか、やったもん勝ちというところがあると思うんですが、いつまでも続くとは思っていない中で、ない知恵を絞って、限られた予算の中で面白いものを作るということの醍醐味を味わせてもらっているのは、やっぱりラッキーなんだと思います。
――コメントで『孤独のグルメ』は『吉田類の酒場放浪記』、『きょうの猫村さん』は『Eテレ 2355』をベンチマークにしているとおっしゃってましたが、どのような理由があったんですか?
僕自身はそんなにテレビを見ていないのですが、『孤独のグルメ』の時は唯一、『吉田類の酒場放浪記』が浮かんだんです。本当に、あの番組も何も起きないんですよ。吉田類さんがお酒を飲んでつまみを食べて酔って帰るだけなんですけど、観てしまうし、僕はあまり飲まないけど、一緒に酒を飲んだ気持ちになれる。それはすごいことだし、そこに近づけたらと思って、『孤独のグルメ』を始めたところがあって。
今回の『きょうの猫村さん』は深夜の2分半のミニドラマと聞いて、思い浮かんだのが『Eテレ 2355』。僕は24時には寝るので、『2355』を見て、静かな日常を終えています。何気ない日常というのは、テレビの中で探そうとすると、意外とないんですよね。作為的なものや、これみよがしに何かをやろうとしているものばかりで、「何もやってくれない」という豊さを与えてくれるものが、テレビの中にあったらいいな、と。だから、この『Eテレ 2355』という志の高い番組をベンチマークにしていました。
――『孤独のグルメ』も『きょうの猫村さん』も、目指してるところは近いのでしょうか。
究極的には、お芝居です。でも、お芝居を「お芝居です」といって見せるのではなく、「これ、芝居なの?」という際どいところをやることが、僕らの究極の存在意義だと思います。今回、そこを感じていただける共演者がいっぱいいらっしゃるということは、それだけ、作為的に何かやることに対しての違和感を抱えてる演者が多いんじゃないかな? と思いました。「ドキュメンタリーなのか? 演技してるのか?」というキワを攻めるようなものをやるということですね。だから、そういう”お芝居”がやりたくて、こういうドラマをやっているのだと思います。
――『バイプレイヤーズ 〜もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら〜』もですか?
『バイプレイヤーズ』は、そこのキワをどれだけ綱渡りして、観ている側を混乱させるか。演者の素の部分と演技の部分のスイッチングを見ていただきたい、という思いはありましたね。
いわゆる「普通のドラマ」と思われているものが、今、普通のドラマじゃなくなっているのかもしれません。ドラマは、日常に浸透してくるようなものでないと。昔、原田芳雄さんが殺人鬼を演じられていたドラマがあって、子供心に「本当に、この人が殺したんじゃないのかな?」と怖かった。そこなんですよね。「誰かが演じてるな」と思われた時点で、もうドラマは負けなんです。そこを履き違えちゃいかんなと思います。役作りをし尽くすということではなくて、日常との境目が分からなくなるくらいの”あやふやさ”が面白くて、挑戦をさせていただいているのだと思います。
■松重豊
1963年1月19日生まれ、福岡県出身。舞台・映画・ドラマと活躍し、12年にドラマ『孤独のグルメ』で連続テレビドラマ初主演を果たした。近年の出演作に大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』『悪党~加害者追跡調査~』(19年)、映画『検察側の罪人』『コーヒーが冷めないうちに』(18年)、『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』(19年)、『グッドバイ〜嘘からはじまる人生喜劇〜』(20年)など。公開待機作に『糸』(8月21日公開)、『老後の資金がありません!』(9月18日公開)、『罪の声』(秋公開)などがある。
(C)テレビ東京