タバコ規制をめぐる議論は日本だけでなく、世界中で行われている。例えばアメリカでは近年、電子タバコに関する議論が活発化してるのをご存知だろうか?

直近では、「電子タバコが新型コロナウイルス感染症を悪化させる」といった旨の指摘が米政府機関からなされた。しかし、のちに無根拠だったことが発覚。現在は主張を翻し、その姿勢を無責任だと批判する声も上がっている。

先走って非難を集めたアメリカ食品医薬品局

今年3月下旬、アメリカ食品医薬品局(FDA)が、「基礎疾患を持つ電子タバコの使用者は新型コロナウイルスに感染すると合併症の発症リスクが高まる」という趣旨の声明を発表した。

しかし、突然の発表に「科学的根拠はあるのか」といった反発を招き、4月半ばになって軌道修正。電子タバコが新型コロナウイルスの合併症発症リスクを高める証拠はないと発表した。

ブルームバーグの質問に対しても、「電子タバコの使用によって肺が有害化学物質にさらされる可能性はあるが、それによって新型コロナウイルスのリスクが高まるかどうかは不明だ」と回答したという。

アイオワ州の司法長官トム・ミラー氏は、科学者らと連名で、FDAの認識を批判する文書を作成。「喫煙を原因とする基礎疾患のある人々に電子タバコの使用を控えさせれば、その多くの人が紙巻きタバコへ戻ってしまうことになるだろう。FDAは一体、どんな根拠をもってこのような声明を出していいと考えたのか」と非難し、電子タバコの有用性にも言及したと報じられている。

アメリカで社会問題化する「電子タバコ問題」

科学的根拠なきFDAの声明は多くの混乱を招いた。ただし、FDAが不用意に先走った背景には、アメリカが抱える電子タバコに起因する深刻な社会問題がある。

ニコチンを含む液体を加熱し、発生した蒸気を吸い込む電子タバコ「VAPE(ベイプ)」は、2000年初頭に登場。アメリカで人気が出始めたのはここ5年のことである。ミントやフルーツのフレーバーが吸いやすいせいか、特に未成年が電子タバコを違法に使用するケースが増えて問題視されていた。

アメリカ国内では、国が定める電子タバコの喫煙最低年齢は18歳。州や自治体によっては21歳としているところもあるが、米疾病予防センター(CDC)によると高校生の3~4人に1人、中高生の500万人が電子タバコを吸っているという。そして2019年には、電子タバコの使用が原因とみられる「肺疾患」が急増し、今年1月までに50人以上が死亡、約2500人の症例が確認された。肺疾患の症例は平均年齢で24歳、中には18歳未満が14%も含まれているという。

こうした事情を受け、アメリカ社会では、一気に電子タバコ規制論が高まっていった。ドナルド・トランプ大統領は一時、フレーバーつき電子タバコの販売について「数週間以内に全面的に禁止する」と大々的に対策へと乗り出そうとした。

急性肺疾患の「犯人」は大麻リキッドに増粘剤?

しかしトランプ大統領はその後、専門家らへのヒアリングを経て考えを改める。選挙への影響も考えた結果でもあるだろうが、専門家からは、規制することで違法商品が蔓延する、雇用が失われる、より健康被害が大きいとみられる紙巻きタバコの使用者が増える、などの指摘が上がったそうだ。

また、CDCが急性肺疾患となった患者らの肺を調査した結果、電子タバコ用の大麻リキッドに増粘剤として使用されることが多い「ビタミンEアセテート」という物質がかなり高確率で検出されたことが判明。CDCはビタミンEアセテートについて、急性肺疾患の「非常に有力な犯人」だと指摘した。

そうなってくると問題の核心は、未成年間にはびこる違法な大麻蔓延という部分にもある、と考えられる。実際、電子タバコで大麻を吸う若者は、2017年と比較すると約3倍にも跳ね上がっているという。電子タバコが吸引の「手段」になったことは事実だが、使い方を間違えなければ、こんな社会問題が引き起こされたかは、わからない。

未成年の大麻使用に電子タバコが使われやすいとして、他方で、禁煙を目的に電子タバコを使用している人も多く、これを禁止してしまえば、多くの禁煙希望者が紙巻きタバコへ戻ってしまいかねない。現にCDCも、電子タバコの煙霧に含まれる有害物質は紙巻きタバコよりは少ないと認めている。

もちろん、対策は必要だろう。密造されたリキッドや闇取引されている大麻リキッドは取り締まらなければならない。そのための規制や厳罰化は大いに議論すべきである。しかし、乱暴に電子タバコそのものを規制したところで、未成年の大麻使用は減るだろうか? また別の吸引方法を探すに違いない。問題の本質を見誤らないためにも、冷静な議論が必要だ。