日本人は世界的に見ても睡眠時間が少なく、先進国で最も「寝ていない」国民だという調査結果があるほどだ。日ごろから睡眠時間が足りていないと実感している人も少なくないのではないだろうか。

「たかが睡眠不足」と片付けてしまうのは簡単だが、長期にわたる睡眠不足はうつ状態を招く恐れもある。今回は睡眠不足が体に及ぼす影響や対処法について、精神保健指定医の髙木希奈医師にうかがった。

  • 睡眠不足の症状や予防法を学ぼう

睡眠不足と不眠の違い

睡眠不足と似た言葉に「不眠」があるが、この違いをきちんと説明できるだろうか。髙木医師によると、「不眠は睡眠障害の一つであり、十分な睡眠時間を取っていても量的及び質的な障害が生じている状態にある」場合を指すという。

量的な障害

(1)入眠困難(寝つけない)
(2)中途覚醒(途中で目が覚める)
(3)早朝覚醒(朝早く目が覚める)

質的な障害

(1)熟睡しない
(2)寝た気がしない

「適度な睡眠時間は個々によって違うため、実際の睡眠時間には関係なく、本人が主観的に『よく眠れた』と感じられずに朝の目覚めが悪かったり、睡眠の満足感が得られなかったりすれば不眠と言えます。一方の睡眠不足は、十分の睡眠時間や環境を確保できれば、きちんと問題なく眠れる状態にありますので、不眠とは異なります。言い換えると、『睡眠自体は問題ないが、単に十分な睡眠時間が確保できていない』ということになります」

睡眠不足の症状

睡眠不足になると「日中の眠気」「疲労が取れない」「疲れやすくなる」「集中力・注意力・判断力・記憶力の低下」などが起こり、翌日のパフォーマンスが落ちるのは事実。日常生活や仕事にも支障が出てしまうこともある。

特に、以下のような症状が出たら要注意だ。

・電車に乗っているときや昼食後に眠気を感じ、ついうたた寝をしてしまう
・運転中でも、信号待ちの最中などに眠気に襲われる
・布団に入るとすぐに眠りに落ちる
・日中はコーヒーやたばこがないと集中できない

これらの症状に覚えがある人は、すぐに睡眠不足を解消する必要があるだろう。こういった「サイン」を放置したままにしておくと、より深刻なケースも生じるという。

「睡眠不足が続いたり、生活リズムが乱れると、気分にまで影響を及ぼしてしまうためうつ状態になったり、気分が不安定になったりする危険性もあります。また、睡眠不足になると、『肥満』『糖尿病』『高血圧』『脂質異常症』『脳卒中』『心疾患』などのリスクが増加することを示唆した研究がこれまでに報告されています。だからこそ、睡眠は健康に欠かせない大切なものなのです」

ベストな睡眠時間

睡眠は健康に欠かせないとはいえ、睡眠時間が長ければいいというものではない。一般的に、ベストな睡眠時間は「6.5~7.5時間」とされているが、これについては科学的な根拠がある。

「睡眠は、レム睡眠(浅い睡眠)とノンレム睡眠(深い睡眠)の2種類で構成されています。睡眠中はレム睡眠とノンレム睡眠が交互に現れ、およそ90分で1サイクルとなっています。そのため睡眠時間は、常に浅いレム睡眠の状態となる90分の倍数が理想的だといわれています」

ただ、睡眠時間に関しては個人差が大きいため、「毎日何時間以上寝ないといけない」と感じると返ってストレスになる。

「あまり時間にこだわる必要はありません。日中の眠気がひどくなければ大丈夫です。時間よりも質が大事です。短時間であっても、疲れもとれて頭も冴え、朝にスッキリ起きられる質のよい睡眠のほうが効果的です」

睡眠不足に陥らないための対策法

睡眠不足に陥らないためには、まず夜更かしをしないで睡眠時間を確保することが肝要。そのためには、生体リズムを整える必要がある。寝る時間は多少前後しても構わないが、起きる時間は毎日一定にして、朝起きたら太陽光などの明るい光を浴びるとよい。

「寝る前の入浴もお勧めの方法です。上昇した体温が下がってくる際に眠気が出てくるので、寝る少し前にぬるめの湯に浸かってリラックスしましょう。ただし、就寝直前に熱いお湯に浸かると、かえって眠りを妨げてしまうので注意が必要です。適度な運動も安眠につながりますが、夜に激しい運動をしてしまうと眠れなくなるため、運動は夕方までに終わらせて、寝る前には軽いストレッチをするのがいいでしょう」

ブルーライトは睡眠に悪影響を及ぼすため、就寝前はスマートフォンの使用やテレビの視聴はできるだけ控えた方がよい。部屋の照明も暗めにし、寝室はやわらかい光の間接照明にするのがベターだという。

食事面でも工夫できる余地がある。まず、食事は寝る3時間前までにすませたほうがよい。コーヒーなどに含まれるカフェインは覚醒作用があるため、寝る数時間前から摂取は避けるように。逆に寝る前にホットミルクを飲んだり、バナナを少量食べたりするのは有効とのこと。

寝酒は効果があるのか

「眠れないから」と寝酒をした経験を持つ人もいるだろうが、その選択はお勧めできないと髙木医師は言う。

「アルコールを飲むと確かに寝つきはよくなりますが、眠りを浅くする効果もあるため、質のよい睡眠が取れません。夜中に何度も目が覚めたり、朝早くに目が覚めて寝ざめが悪くなったり、なかなか起きられなくなったりします。また、お酒を飲み続けると、次第に適量では眠れなくなったり、摂取量が増えたりしてアルコール依存症に陥る危険性もあります。眠れないからといって、お酒に頼るのはやめてください」

質のよい睡眠のために重要な要素

質のよい睡眠のためには「寝室の騒音」「温度・湿度」「寝具」なども重要な要素になる。

寝室の騒音……外の物音がうるさい場合は耳栓を使い、静かな環境で休むように。自分がリラックスできる音楽をかけるのも有効だし、ラベンダーなどのリラックス効果のあるアロマを焚くのもよい。

温度・湿度……体が冷えていると寝つきが悪くなる。エアコンは有効だが、部屋の空気が乾燥するので加湿器も一緒に使うようにしたい。

寝具……電気毛布は体の体温調節機能がうまく働かなくなってしまうため、どうしても寒い場合はぬるめの湯たんぽを用意し、温かい羽毛布団などを使用するとよい。低温やけどの可能性があるため、湯たんぽは必ずぬるめにするのがポイントだ。

近年は、わずかな睡眠不足がまるで借金のように積み重なる状態を指す「睡眠負債」なる言葉もよく見聞きするようになってきた。睡眠が不足している状態がプラスに働くことは、まずない。睡眠不足を自覚している人は、本稿で紹介した対策を参考に、少しでも質のよい睡眠を手に入れてほしい。

※写真と本文は関係ありません