2019年12月、東京大学弥生講堂一条ホールで、「環境エンリッチメント」という動物福祉の立場から、動物本来の行動を引き出し、飼育環境を豊かにする試みに対する表彰式・受賞者講演会が行われました。大賞を受賞した秋田の飼育員・柴田典弘さんの仕事哲学について聞いたところ、ビジネスパーソンが学ぶべき点が満載でした!

  • 秋田市大森山動物園の飼育員 柴田典弘さん 提供:大森山動物園

エンリッチメント大賞とは

「動物園を通して人と動物の関係を考える」をテーマとして活動する「市民ZOO ネットワーク」では、全国の動物園や水族館のエンリッチメントへの取り組みに対し、2002年に「エンリッチメント大賞」を創設。

2019年の大賞を獲得したのは、秋田市大森山動物園の柴田さん。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」出演経験もあるベテラン飼育員で、「トナカイの放牧飼育を含むエンリッチメント」が評価されての受賞となりました。

トナカイは北極圏周辺に分布する動物であり、日本で飼育する場合、暑さ対策が死活問題。エサについても不明点が多かったり、他の動物より格段に吸血性のサシバエに刺されやすく虫よけも必須だったりします。

難題が多いうえ、飼育例が少なくノウハウが確立されていないにも関わらず、生態を魅力的に展示できたのは素晴らしい! 国内では、唯一大森山動物園だけ、トナカイの放牧飼育が見られます(※冬季休園あり)。

柴田典弘さんに聞くトナカイ飼育の難しさ

柴田さんに、これまでのキャリアや飼育の工夫から、組織で働く中での葛藤や挑戦についてお話を聞きました。

――まず、飼育員になった経緯を教えてください。

柴田さん 「幼いころはアリなどの虫が好きでした。特に『失われていくのが怖い』という思いから、繁殖させることに熱中しましたね。個体が増えるというのは快適に暮らしているということ。だから、飼っている虫が増えずに死んでいくたびに、号泣していました。でも、同じ失敗をしないように、その後にものすごく勉強しました。その姿勢は、プロの飼育員となった今でもまったく変わっていません。

中学では音楽にのめり込み、音楽系の学校と悩んだ末、畜産系の短大に進学しました。ただ、音楽に夢中になったときも動物園にはずっと通っていて、『動物園なんて小さいころに行ったきり』という人が多い中、秋田では極めて変わった生徒でした。そして、進路選択時に根っこにある『動物が好き』という気持ちが急に出てきたんですね。一人しか入れない枠で、大森山動物園に採用されたのはラッキーでした」。

  • 試行錯誤が続いたトナカイの飼育 提供:大森山動物園

――大賞受賞となったトナカイ飼育について、どのような工夫をしたのですか?

柴田さん 「北極圏周辺から亜寒帯に生息するトナカイは、暑さ対策が肝要です。最初は、水入りのペットボトルを凍らせたものや濡れタオルなど、お金のかからない方法からスタートしました。木陰ができるように木を整えたり、子ども用プールを用意したりなど、あらゆる方法を試しましたね。

すべては手探りですが、自分ができることはなんでもやることを意識しました。すると、こうした姿を見て認めてくれる人が現れ、徐々に予算を付けてもらえるようになり、また、企業の協賛を得てミスト装置を導入できたこともあり、状況は好転していきました。

大森山動物園のトナカイは、6月から9月末まで園内の水辺で放牧させています。水浴びさせることで体温を下げつつ、サシバエを追い払うこともできます。ただし、個体同士の相性もあるので数頭ずつ交替で、放牧は実施します」。

  • 水浴びはトナカイの飼育には大事 提供:大森山動物園

――動物園という組織の中で働くうえで、心がけていることとは?

柴田さん 「動物の飼育とは職人的な世界であり、私は勤務10年ぐらいでやっと『これだ!』と手応えをつかみました。試行錯誤の末に苦労して得た技術を、『すごいだろう』と自慢したいような気持ちもありますが、しっかりと後任者に伝え、組織として継承されるように努めています。

また、負担は大きくなりますが、誰の手も借りず、動物のためにできることはなんでもやるように心がけています。動物の命を預かる大切な仕事なので、ちょっとのミスが命取りとなってしまうのです」。

仕事へのモチベーションはさまざま

人間同士のようにコミュニケーションが取れない動物を根気よく観察し、どうすれば快適に暮らせるかを考え、できることはなんでも試す。自分が頑張る姿を普段から見せていれば、次第に協力者が現れ、いつか大きな目標も達成できると話す柴田さん。

前例がなく困難な環境でも、知恵を絞り身体を使って動物の幸せを追求するその姿勢は、報酬や評価など外的要因を仕事のモチベーションとするのではなく、自身の充実感、満足感から仕事への意欲を高める内的要因を重視しています。


皆さんの仕事に対するやる気はどちらで、より高くなるでしょう? 年始のこのタイミング、一度自身の仕事に対する自分の原点を見つめ直してみてはいかがでしょうか。

秋田市大森山動物園
秋田市浜田字潟端154番地
※1・2月の平日、2020年3月1~19日までの冬季休園あり。公式サイトで確認してからお出かけください。

筆者プロフィール: 木村悦子

出版社勤務後、編プロ「ミトシロ書房」創業。紙・Webの企画・編集・執筆を行う。著書に『入りにくいけど素敵な店』『似ている動物「見分け方」事典』など。関心領域は、食文化・動物学・占いなど。