歌舞伎俳優・松本白鸚がこのほど、主演ミュージカル『ラ・マンチャの男』50周年を迎え取材に応じた。同公演は現在、東京・帝国劇場にて27日まで上演されている。

  • 『ラ・マンチャの男』松本白鸚、駒田一

同作は1965年にブロードウェイで初演を迎え、トニー賞ミュージカル作品賞ほか5部門を受賞したミュージカル。1969年に市川染五郎(現 二代目松本白鸚)主演で日本初演を迎え、今回で50周年となる。名作『ドン・キホーテ』の作者であるセルバンテスが、劇中劇として田舎の郷士アロンソ・キハーナと、キハーナが作り出した人物ドン・キホーテを演じるという、三重構造となっている。

白鸚は同作について、「照れくさくてあんまり声を大にして言えないけど、大人の人間が持っている心をテーマにしているミュージカルなんです」と明かす。さらに「『ラ・マンチャの男』が優れた作品だから上演するのであって、なんでもブロードウェイだから上演するんじゃない。昔、蜷川幸雄さんと『ロミオとジュリエット』をやる時に、2人で『これはシェイクスピアだから上演するんじゃない、いい芝居だから上演するんだよね』と話したんです。その精神が今も生きている」と振り返った。

難解なテーマに、初演のときは「もう2度とこの作品は上演できない」と思ったという白鸚。しかし、そこへブロードウェイからのオファーが来て、作品は「息を吹き返した」。「25~6歳だったので、若さで『行きます』って言っちゃった。その時、菊田(一夫)先生がそばにいて、もうお身体がだいぶお悪くて車椅子だったんですが、『先生、ブロードウェイから話がありました』と報告したら、『おめでとう』と言ってくださった、あの嫉妬の混じった顔は忘れない」「余談ですけども、菊田一夫さんと三谷幸喜さんがそっくりなんです。これがなんか不思議な縁なんですよ。めぐりあいというか、ご縁があるんですよね」と笑う。

  • 1970年 ブロードウェイ マーティン・ベック劇場

若い人に見てもらうには? という質問に、白鸚は「歌舞伎を初めてご覧になる方にも似たことを言うのですが、とにかくご覧になって、興味の持てるところを感じていただければいいんじゃないかな。お芝居は、楽しんでいただけなきゃ。『ラ・マンチャの男』も、初演の時は難しかったです。でも人生を歩んでくると、夢は敗れて希望なんて見つからないようなことも起こってくる。そういう時に『ラ・マンチャの男』を思い出すんですよね」としみじみ。「僕も50年間、何度『The Impossible Dream』(見果てぬ夢)という歌に騙されてきたか(笑)。でも50年この歌を歌い続けてきたところを見ると、まだやっぱり夢は叶うと信じてるんですね」と自身の体験と重ねた。

同作の今後については、元気な限り続けていきたいと希望しつつ「『クリスマス・キャロル』のように、毎年違う劇場でかかるようになってほしい」と、先の先まで見通す。「伊勢神宮もお社を建て替えるし、歌舞伎の襲名も同じ。この世に初代松本幸四郎が生まれたのは約300年前で、去年十代目が生まれたわけで、新しくなっていくのは日本の素晴らしい精神だと思います。たまたま『ラ・マンチャ』を50年やり続けていたけど、常若の精神は持っていきたい。やり続けて、いつの日かそのままお客様の脳裏の中に消えていきたいなと考えております」「役者の芸は、役者がいなくなって消えてしまえば、おしまいと思ってるんです。脳裏に残ることがすべて。それが役者としての務めであり、嬉しいことですね」と役者論を示した。

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