NHKの連続テレビ小説『なつぞら』(毎週月~土曜8:00~)で、おでん屋の女将・岸川亜矢美役を演じている山口智子が実に軽やかで素敵だ。亜矢美は元踊り子だが、山口は「彼女にとってはおでん屋のカウンターもステージで、人生はエンターテインメントです」と語っている。実際に、山口自身はフラメンコが踊れるが、役柄にもそのスキルが十分に発揮されている。

  • 山口智子

    『なつぞら』岸川亜矢美役の山口智子

山口の朝ドラ出演は、ヒロインを務めた『純ちゃんの応援歌』(88)以来、31年ぶりとなったが、人生経験を積んだ分の人間力が亜矢美役に加味され、戦後をたくましく生き抜いた踊り子という役柄に説得力を与えている。また、息子のように育ててきたなつの兄・咲太郎(岡田将生)だけではなく、なつにとっても、今や“東京のお母さん”のような存在となった。

常に朗らかで、ひまわりのように明るい亜矢美役に、山口は並々ならぬ情熱をもって臨んだようだ。

――元踊り子の亜矢美役にはどんなふうにアプローチされたのですか?

まずは、生きる喜びを体で表現していいという役をいただけたことが本当に嬉しくて。亜矢美は「ムーランルージュ」というエンターテインメントの殿堂で、踊りに情熱を注ぎながら生きる希望を見出し、戦争や愛する人との別れなど人生の辛苦を乗り越えてきました。だから毎日立つおでん屋のカウンターでも同じく、人生の晴れ舞台だという気持ちで歌ったり踊ったりしながら、お客さんを楽しませることを自ら楽しんでいます。

――カウンターでカスタネットを叩くシーンもありましたね。

スタッフさんがカスタネットをセットに置いてくださっていたので、リズムを取りながらお客さんと一緒に歌ってみようかなと思いました。店に立つときも、道を掃除している時も、亜矢美はどんな時でも、歌や踊りと共に生きている人です。例えば食べ物からエネルギーを得ることと同じで、亜矢美にとって歌や踊りは生命力の源です。

――衣装もド派手で、まさにフラメンコダンサーのようです。

そうですね。用意してくださる衣装がなぜか、水玉模様とかビラビラの飾りがついた派手なおもしろいものなので、私もついついフラメンコ気分が盛り上がってしまいます。でも、考えてみれば、フラメンコも暮らしのなかから生まれてきたもので、歌やギターや踊りで心を一つにして、人生の辛苦を乗り越える力を生み出すものです。まさに亜矢美の生きてきた時代、そして今を生きる私たちとっても、共通するテーマだと思います。生きる力を燃え立たせるフラメンコの本質は、ぜひ役に活かしていきたいです。

  • 山口智子

――岡田将生さんが、山口さんは「とても自由にお芝居をされるので、刺激を受けている」とおっしゃっていましたが。

例えば‥‥そこに集まった人々が、人生の一瞬を最高に輝かせるために力を合わせる即興芸術がフラメンコです。歌の心情やギターのメロディを受け止めて、踊り手は肉体と魂でそれを表現する。お芝居もまったく同じだと思います。その場に立ち合った者同士が心を交わしあって、予想もつかないような面白い化学反応を巻き起こして、変幻自在な一期一会のおもしろさを創造してゆけたらいいなと思います。

若い時代は直球勝負ですが、年を重ねるといろいろな変化球を楽しめる心の余裕が生まれてきます。だから、みんなが自由に心を解き放てるように、自ら率先してその場を楽しむ気持ちでどんどん変化球に挑んで、若者たちの緊張を解きほぐすことが、年長者の役割かなと思っています。

――山口さんは、毎回シーンに合わせて亜矢美が歌う曲をご自身で準備されているそうですが。

当時の流行歌をインターネットでいろいろ調べて、そのシーンの気持ちに合う歌詞を選んで歌っています。でも、9割くらいカットされているので、皆さんのお目に留まることはないでしょう(笑)。歌と踊りは亜矢美の人生そのものなので、おでん屋のシーンでは、カットにめげずにとことん歌うことに決めています(笑)。

――たとえば、どんな歌を歌ったのか、教えてください。

いちばん最初に歌ったのは、なつが咲太郎を探してやって来るシーンの後に、道を掃除しながら「誰かリールを知らないか」という人探しの歌(「上海帰りのリル」)のフレーズを歌いました。また、東京に出てきた純朴ななつを前に、(「リンゴの唄」の)「リンゴかわいや、かわいやリンゴ」と歌ったりしています。

たぶん亜矢美の歌のシーンを集めたら、当時の歌謡ヒットメドレーができるのでは? もし、カット部分の総集編があったら私も見てみたいです(笑)。

――朝ドラというものは、山口さんにとってどういう存在ですか?

昔も今も変わらず、「自分を成長させてくくれる場」ですね。なぜなら、みんなと時間を重ねながら、一つ一つシーンを積み重ねていく道のりは、厳しくも愛にあふれた素晴らしい修行の場であり、若者たちのフレッシュなパワーや、本気で根性を見せてぶつかってくる気迫と豊かな才能に、ものすごい刺激をいただきます。初心に返って「もっともっと頑張らなくては!」という気持ちになります。

――でも、年齢を重ねられてからの山口さんも実に素敵だと思いますが。

年齢を重ねることは本当に楽しいです! 年を取ると、自分の好きなことや大事なことに対するフォーカスが明確になってきて、余計な力も抜けて、人生を味わう楽しさを日々実感できている手応えがあります。50年ちょっと生きてきて出会ったたくさんの感動という宝物を、お芝居にも生かしていけたらなと思います。人生への感謝とともに、これからももっともっと楽しんでチャレンジしていきたいです。

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■プロフィール
山口智子(やまぐち・ともこ)
1964年10月20日生まれ、栃木県出身。1988年にNHKの連続テレビ小説『純ちゃんの応援歌』で主演デビュー。ドラマ『ダブル・キッチン』(93)、『王様のレストラン』(95)、『ロングバケーション』(96)、『ゴーイング マイ ホーム」、声優としては2008年映画『崖の上のポニョ』(08)に出演。

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