トヨタ自動車はスポーツカーの新型「スープラ」を発売した。先代モデルの生産終了から、実に17年ぶりの復活だ。自動運転や電動化、若者のクルマ離れ、SUVブームなどが自動車の目下のトレンドである中、なぜトヨタは2シータースポーツモデルを再び作ったのか。新車発表会の会場に掲げられた「Supra is Back」の文字をキーワードに考えてみた。

トヨタ自動車は5月17日、東京・お台場にある同社の体験型テーマパーク「MEGA WEB」にて、FR(フロントエンジン・リアドライブ)の新型スポーツカー「GR スープラ」を発表。会場の大画面には「Supra is Back」の文字が映し出されていた(撮影:原アキラ)

今は亡きマスターテストドライバーへのオマージュ

多数の報道陣と旧型スープラオーナー、そして一般客を集めた発表会場では、大画面に映し出された真っ赤な「Supra is Back」の文字が目を引いた。この文字を書いたのは、トヨタ自動車のマスタードライバーであり現社長でもある“モリゾウ”こと豊田章男氏。新型車のテスト走行やレース会場に出向き、自らステアリングを握る同氏の姿は、業界人ならずとも知るところだ。

テスト走行やレースで自らもステアリングを握る豊田章男社長の姿はおなじみだ

ドライバーとしての豊田社長の師匠にあたるのが、300名に及ぶトヨタのテストドライバーのトップに位置していた成瀬弘マスターテストドライバーである。1960年代後半のトヨタ製スポーツカー「2000GT」やレーシングカー「トヨタ7」が、日本グランプリなどのレースで活躍していた当時、主要メカニックとして活躍していた成瀬氏。その後はテストドライバーとしての腕を磨き、独ニュルブルクリンクなど、海外で行われた数々の高速走行テストを担当した。成瀬氏の豊富な経験は皆が認めるところとなり、「ニュル・マイスター」の称号が与えられた。

初代「セリカ」をはじめ、「レビン・トレノ」(カローラのスポーツモデル)、「アルテッツァ」(4ドアセダンのスポーツモデル)、「スープラ」(先代)、スーパーカーのレクサス「LFA」など、トヨタ製歴代スポーツモデルの開発に成瀬氏が関わっていたのはいうまでもない。その彼は2010年、LFAの試作モデルをニュル近郊でテスト走行中、対向車と衝突して即死した。

成瀬氏が以前、売り上げ重視でテスト走行を軽視するトヨタのクルマづくりに対し、「ドイツのメーカーを見てみろ。開発中の新型車でニュルを走っている。それに比べて、トヨタがここで勝負できるクルマは、中古のスープラしかない」と語っていたのは有名な話だ。その言葉が忘れられなかった豊田社長は、いつか必ずスープラを復活させようと決意した。そして昨年10月、ニュルで新型スープラの最終テストに臨んだ“モリゾウ”は、心の中で「成瀬さん、ついに新型スープラでニュルに来ました……」とつぶやいたのだという。

豊田社長のトップダウンで復活が決まった新型「スープラ」

「直6」と「FR」はスープラの伝統

先月、50周年記念モデルの登場がニュースとなった日産自動車のスポーツカー「フェアレディZ」。その初代モデルは、排気量2.8リッターの直列6気筒(直6)エンジンを搭載した2シーターFRで、ポルシェ「911」に対抗できる性能の高さと安価さもあって、北米のスポーツカー好きの間で一気にブレークした。その後、「Zカー」のニックネームで呼ばれる大人気モデルになったのはご存知の通りだ。

それを黙って眺めているわけにはいかなかった彼の地のトヨタディーラーから強い希望を受け、フェアレディZの対抗馬としてトヨタが送り出したのが、当時のスペシャリティカーであったセリカに2.8リッター直6エンジンを搭載した1978年の「セリカ スープラ」(A40型/A50型、日本では「セリカ XX」の名称)だったのである。角目4灯ヘッドライトにトヨタの頭文字である「T」字型グリルを配したハッチバックスタイルは印象的だった。

スープラの初代となった「セリカ XX」(画像提供:トヨタ自動車)

1981年の2代目スープラは、当時流行のリトラクタブルヘッドライトを搭載した直線的なボディラインを持つ「A60型」。1986年に登場した3代目「A70型」は、“3000GT”の愛称の通り、排気量が3.0リッターに拡大していた。1993年にデビューした4代目「A80型」(先代モデル)は、最高出力280ps、最大トルク44.0kg(最終モデルは46.0kg)という強力な3.0リッター直6ツインターボエンジンを搭載。成瀬氏が語っていた中古のスープラとはこのモデルのことだ。

今回の発表会に登壇したトヨタ副社長でGAZOO Racing Companyプレジデントの友山茂樹氏は、現在もA80型のスープラを所有している。ホワイトボディのボンネットにエアインテークを設けたフルチューンの実車は、ご覧の通り会場内に展示されていた

そして、直6エンジン+FRレイアウトという歴代モデルの伝統を引き継ぐ新型2シーター「GR スープラ」(国土交通省への届け出名は「トヨタ・スープラ」)が、先代モデルの生産終了から17年の時を経て誕生した。かつてライバルだったフェアレディZの現行モデルは登場から11年が経ち、内外装のデザインや安全面で多少の古さを感じる。それに対し、最新装備で固めた5代目スープラは、多くの面でフェアレディZに対するリードを広げることになったのだ。

スポーツモデルの共同開発には前例あり

エンジンやシャシーなど、新型スープラのプラットフォームがBMWとの共同開発であることは、すでに報道されている通りだ。スープラの最上級グレード「RZ」が搭載する「B58型」3.0リッター直6エンジンの性能は、最高出力340ps(250kW)/5,000~6,500rpm、最大トルク500Nm/1,600~4,500rpm。BMW「Z4」の「M40i」が搭載する直6エンジンと型式もスペックも全く同じだ。

ボンネットを開けると、エンジンカバーの意匠やメーカーロゴこそ異なるものの、補機類のレイアウトやデザインが完全に一致しているのが分かる。インテリアも、センターコンソールのコマンドダイヤル部分のレイアウトがそっくりだ。

左が「Z4」、右が新型「スープラ」

スポーツモデル開発におけるトヨタと他社との協業は、古くはあの名車「2000GT」から始まっていた。150PSを発生した3M型2.0リッター直6エンジンのDOHCヘッド部分や、ダッシュボードの美しいウッドパネルはヤマハ発動機が担当していたのだ。直近では、2.0リッター水平対抗エンジンを搭載したトヨタ「86」とスバル「BRZ」という兄弟モデルの例がある。

今回の兄弟モデルでは、スープラがクローズドのクーペボディであるのに対し、Z4はオープンボディであることから、両者の用途や走行特性は異なるものになるだろう。シャシーのチューニングについても、それぞれのメーカーが持つノウハウが注ぎ込まれているはずだ。

BMW「Z4」がオープンボディであるのに対し、新型「スープラ」(画像)はクーペボディだ

先日乗ったZ4は、直6エンジンのフィーリングとサウンド、そして、BMWらしい俊敏なステアリングさばきが「さすが」と唸らせる出来だった。また、インテリアのフィニッシュレベルが高く、そのあたりは今回のスープラ6気筒モデルに比べて一日の長があるように感じた。

こちらがBMW「Z4」。インテリアの仕上げはBMWに一日の長があるように感じた

ただし、6気筒モデルの価格を見ると、Z4の835万円に対してスープラは690万円なので、145万円の差があることを考えると、“お買い得感”ではスープラに軍配が上がる。モリゾウが乗り味を決定した新型スープラの走りを一刻も早く試したいものだ。

(原アキラ)