第91回アカデミー賞作品賞受賞作『グリーンブック』(公開中)を引っさげて初来日したピーター・ファレリー監督。これまで弟のボビー・ファレリー監督と共に、『メリーに首ったけ』(98)や『愛しのローズマリー』(01)などの爆笑コメディを手掛けてきたが、本作では実話を基にした痛快なアンサンブルドラマで、初のオスカー像を手にした。

  • グリーンブック、ピーター・ファレリー

    『グリーンブック』のピーター・ファレリー監督

舞台は、人種差別が色濃かった1962年のアメリカ南部。ガサツで無教養だが、頼りになるトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)が、インテリの黒人天才ピアニスト、ドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)のコンサートツアーで用心棒兼運転手を務め、交流を深めていく。タイトルは黒人用旅行ガイドブック「グリーンブック」を指す。

■弟ボビー監督がオスカー受賞を予言していた

――アカデミー賞で作品賞、マハーシャラ・アリの助演男優賞、脚本賞の3部門に輝きました。弟のボビー・ファレリー監督も喜ばれたのでは?

弟はすごく喜んでくれたよ。実は授賞式の6カ月前にボビーがこの映画を観てくれた時「この作品はたぶんオスカーを受賞するよ」と一番最初に言ってくれたんだ。その時は「お前は一体、何を言っているんだ?」と笑い飛ばしたんだけどね。

――マハーシャラ・アリが、『ムーンライト』(17)に続き、2度目のアカデミー賞助演男優賞を受賞しました。アリからは受賞後、何か言葉はありましたか?

マハーシャラもすごく喜んでくれた。でも、彼は賞を獲ることに重きをおいてないタイプの俳優だから、はしゃいだりはしていなかったよ(笑)。

――「暴力では勝てないこともある。尊厳で戦うんだ」とドクター・シャーリーの言葉が印象的でした。ドクター・シャーリーをどのように描こうと思ったのですか?

本作では、ドクターがいかに品格があったのかを見せたかった。彼は本当に勇敢な人だった。NYやヨーロッパを回れば、差別なんて受けないし、ギャラだって高い。でも、彼は自分の意志で何かを変えようとして、南部を回ることにした。ジョン・F・ケネディやマーティン・ルーサー・キングと同じように、世の中に正しい変化をもたらさなければいけないという考え方の持ち主だったんだ。

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■主演ヴィゴ・モーテンセンの役作り

――ヴィゴ・モーテンセンも14kg増量してイタリア系用心棒になりきるという驚異の役作りが話題になりました。

ヴィゴは超イケメンだから、ちょっとくらい太っただけだとわかりづらいし、カッコいいままでしょ。実は今回、ヴィゴは14kgどころじゃなく、20kg以上増量しているよ。

――それはすごいですね! ファレリー監督の方から「太ってほしい」とリクエストしたのですか?

いや。逆に僕は「そんなに太る必要はないよ。スーツでぽっちゃりしているように見せればいいから」と言ったんだ。そしたらヴィゴが「いやいや、僕は脂肪を感じたいんだ。どんな重量感なのかがわかったら、キャラクターに入りやすいから」と自分から率先して肉体改造をしてくれたよ。

――『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』(11)のオスカー女優、オクタヴィア・スペンサーが製作総指揮として参加されています。彼女にとてもサポートを受けたそうですが、具体的なエピソードを聞かせてください。

彼女はプロデューサーとしてどっしりと構えてくれていて、スタジオ側ともめ事が起こった時も、一緒に戦ってくれた。そういう場合、オクタビアが出てくれると、必ず勝てるんだ。

――たとえばどういうもめ事が起こったのですか?

ある時、スタジオがタイトルを変えたいと言ってきた。「『グリーンブック』はアメリカ人ですら知っている人がほとんどいないから、『ルール・オブ・ザ・ロード』のようにわかりやすいものにした方がいい」と。でも、僕は、ちょっとありきたりな響きのタイトルだと感じて嫌だった。

スタジオ側は「絶対に変えよう」と強く言ってきたけど、その時、オクタヴィアが、「タイトルは『グリーンブック』でいきます」とキッパリ言い切ってくれた。彼女は、業界でとてもリスペクトされる存在だから、彼女の鶴の一声で、『グリーンブック』のままで行くことができたんだ。

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■名作誕生につながる!? オープンな編集室

――あなたはこれまでの作品で、ハンディキャップを持った人々をはじめ、マイノリティの人たちを積極的に登用してきました。弱者を同等の目線で描き、ユーモアで包み込んできましたが、彼らを描く上で心がけていることはありますか?

僕は、もともと彼らを特別な目で見ていないし、何よりも大切にしているのはキャラクターなんだ。つまりコメディを描くことが一番大事なのではなく、笑いというのはあとからついてくるものだ。なによりも心がけていることは、登場人物を好きになってもらうこと。キャラクターが愛されなければ、僕の映画は成立しない。

――映画監督の仕事のなかで、一番楽しいのはどの作業ですか?

一番楽しいのは、編集作業で、一番大変なのは脚本作りだ。脚本は何もないところから始めるわけだから。もちろん撮影も楽しいし、いい脚本なら数倍楽しくなる。ただ、編集作業が面白いのは、パズルのピースが全部揃った段階で、それをつなげて1つの作品にしていく点だ。音楽をつけるとぱっと華やぐし、いい作品に仕上がると、本当にいい気分になれる。

――編集作業は1人でこもって行うのですか?

僕の編集室には、いつだって誰でも入れるよう、オープンにしてあるんだ。だから、スタッフやキャストだけではなく、友達もやってきて、好きに観てもらっている。人に観せて、そこで笑いが起きなければ、編集のやり直しだ。すなわち彼らの反応を見るわけだ。

――なるほど、完成までに何人もの厳しい目が入るから、最終的におもしろい作品になるんですね。

効果音のつけ方1つで、笑いが起きたり起きなかったりするからね。たとえば、『ジム・キャリーはMr.ダマー』(94)で、ジェフ・ダニエルズの顔に雪の玉が当たるシーンは、15種類くらいの効果音を試して、ようやくみんなが笑う音を見つけたんだ。

――オスカーを手にしたことで、監督として心境の変化などはありましたか? 今後の作風に、影響は出そうでしょうか?

いや、全く変わらないと思う。僕はオスカーが獲りたくて『グリーンブック』を作ったわけじゃなく、ストーリーに惚れ込んだから撮っただけだし。今後も自分の心に対して正直に、自分がやりたいものを撮っていこうと思っている。

■プロフィール
ピーター・ジョン・ファレリー
1956年12月17日、アメリカ合衆国生まれの映画監督、脚本家、プロデューサー、小説家。弟のボビーと共にファレリー兄弟として『ジム・キャリーはMr.ダマー』(94)、『メリーに首ったけ』(98)、『ふたりの男とひとりの女』(00)、『愛しのローズマリー』(01)などのコメディ映画で人気を博す。『グリーンブック』はピーターが単独で監督し、第91回アカデミー賞で見事作品賞、マハーシャラ・アリの助演男優賞、脚本賞の3部門に輝いた。