誰しもが自分の人生を健康なまま謳歌したいと考えているはずだ。だが、加齢に伴い体が弱まっていくのは避けようのない事実であり、場合によっては車いすでの移動や寝たきりの生活を余儀なくされてしまう。

厚生労働省が発表した「平成22年国民生活基礎調査の概況」によると、要介護度が最も高い「要介護5」と認定された人の原因の1位は「脳血管疾患(脳卒中)」(33.8%)だった。そして、2位に入ったのが認知症(18.7%)だ。

ともすれば、認知症は「一度発症してしまったが最後、症状が進行するのを待つしかない」とのイメージを抱きがち。だが、実は「治療可能な認知症」もあるのだ。

今回は高島平中央総合病院脳神経外科部長の福島崇夫医師に、認知症と似た症状を呈する疾患についてうかがった。

正常圧水頭症

福島医師は、認知症と似た症状が出現する代表的疾患の一つに「水頭症」があると話す。

水頭症は、私たちの頭で毎日つくられ、脳と脊髄の表面(くも膜下腔)を循環する脳脊髄液の生成・循環・吸収のバランスが崩れ、頭の中に異常に脳脊髄液がたまることが原因で発病する。水頭症のなかでも脳圧があまり上がらないタイプは「正常圧水頭症」と呼ばれ、「歩行障害」「尿失禁」「物忘れ」「集中力・注意力の低下」など、認知症の一部の症状と似た症状を呈するケースがある。

「正常圧水頭症も認知症のような症状が出ますが、水頭症の場合は大前提として頭の中を循環している脳脊髄液が過剰に貯留したことで、頭部CTやMRIといった画像検査で脳室の大きさが拡大しているということがあります。特に正常圧水頭症では、画像検査でくも膜下腔の不均衡な拡大を伴う水頭症(くも膜下腔の拡大が場所によって異なる)を呈することが特徴とされています」

  • くも膜下腔の不均衡な拡大を伴う水頭症(高島平中央総合病院提供)

    正常圧水頭症の頭部MRI(高島平中央総合病院提供)

高齢者によくみられる水頭症は原因が不明なケースが少なくなく、認知症と診断された一部の高齢者が実際は水頭症だった事例(認知症の症状を認める人の5~10%)もあるという。年配の親族や知人に認知症と思しき症状が確認された場合でも、水頭症の可能性がゼロではないことを知っておいた方がいいだろう。

慢性硬膜下血腫と脳腫瘍

続いて、慢性硬膜下血腫も認知症と混同されてしまう可能性がある。慢性硬膜下血腫は頭蓋骨の内側で脳を包んでいる硬膜と脳の間に徐々に血がたまる病気。転倒などで頭を打撲した後、数週間~数カ月かけて脳の表面に血液がたまることで発病すると考えられている。主な症状として言語障害、歩行障害や失禁などがあり、これらは認知症患者でも確認される。

  • 慢性硬膜下血腫の頭部CT(高島平中央総合病院提供)

    慢性硬膜下血腫の頭部CT(高島平中央総合病院提供)

福島医師は「慢性硬膜下血腫は症状がだんだんと進行してくるため、『なんだか最近言っていることがおかしく、ぼけてしまったのではないかと心配です』とご家族の方が当事者の方と伴って来たら、慢性硬膜下血腫だったということがありました」と話す。

そのほか、脳腫瘍というケースも想定される。脳腫瘍は慢性的な頭痛や視神経の異常、聴力低下といった症状のほか、「脳血管性認知症」でみられる言語障害といった症状も出てくる。

治療可能な認知症とは

上記の3つの「認知症に似た疾患」のうち、特に正常圧水頭症と慢性硬膜下血腫は発見が早期ならば治療は可能だという。

「正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫は『treatable dementia(治療可能な認知症)』と言われています。通常、認知症は進行性の変性疾患ですので、薬で悪化をなだらかにするのが精いっぱいです。ですが、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫はきちんと治療をしたらよくなるケースがあります。認知症と思われている患者さんのなかにそういった疾患が紛れ込んでいることは、鑑別ポイントとして踏まえておかないといけないですね」