演技を教えるうちに、演じる重要性に気づいた

――その後、ドイツにいかれたんですよね。

大学は短大、専攻科併せて4年だったんですけど、更に聴講生、ゼミの助手として残り、その後ドイツに行きました。そのころ教えることにも興味を持ったので、もしかしたらそっちのほうがいいのかなと思い始めていたころなんです。

――戻ってきて、実際に演技を教えるようになるんですね。

非常勤として桐朋学園で演技を教えるようになりました。いろいろやりましたね。ドイツでは演劇教育に「遊び」が持ち込まれているんですけど、お遊戯という意味の遊びではなく、集団で創作するようなことで、そこから派生して今は創作の授業をやってます。題材を与えて、それに即して学生たちにお芝居を作ってもらい、それを見て講義をしたりダメ出ししたりとか。そんな授業でした。

――でも、教えていくうちに、演じる重要性を感じて、平田オリザさんの『青年団』に入ることになったそうですね。

平田には興味があって、初めて観たのは今のスタイルになる前の『烏のいる麦畑』というテロを扱った作品でした。休憩なしのほぼ3時間でしたが戯曲が面白くてまったく飽きませんでした。それから2、3年してまた『カガクするココロ』の初演を見にいったら、がらっと作風がかわってて。チンパンジーを進化させるという研究者の日常を、なにがおこるでもなく淡々とすごしていく。そこに衝撃を受けて、平田に学生の教材としてぜひ使いたいと申し出ました。

――それで、自分が演じるほうになっていくんですよね。

教材で戯曲を使わせてもらうのはいいけど、自分が演技を体験してないのに教えるのは難しいと思って、酔った勢いで「次の舞台に出たい」と言ったら、じゃあ説明会にいらしてくださいと。初舞台は、90年の『光の都』という芝居でした。

――その後、本格的に「青年団」に入ろうと思ったのはどうしてなんですか?

初舞台を踏んでからも、一年に一回くらいは俳優として舞台に立ってたんですけど、芝居の理論づけをワークショップで学ぶうちに、一年に一回というスタンスだととてもじゃないとダメだなと感じて。正式に劇団員になって、それから毎回出るようになりました。45歳くらいの年でしたかね。

楽天的な性格が成功への鍵

――45歳で違う世界に飛び込むことに不安はありませんでしたか?

劇団には入ったけれど、教える方も少しは続けていたし、出れば劇団からも出演料は発生します。それだけじゃ厳しいですけど、楽天的なので、心配はなかったですね。

――その後、ドラマやCMに出演することになって。

CMに出演するきっかけは、90年代に『青年団』に入ったこと、CMや映像の監督さんがよく小劇場をご覧になってて、山内ケンジさんが来られていて、初めてCMに出ることになりました。「こんなタイプの人、初めて見た」と言ってもらいましたね。

  • 『三匹のおっさん』で演じるノリが使うスタンガン

――ドラマに初めて出たのは。

前後しちゃうかもしれないけど、深津絵里さんと、茂山逸平さんが主演で、『学校の怪談』に単発で出て(「怪猫伝説」、演出・脚本:矢口史靖)、その後、『恋のチカラ』や、『世にも奇妙な物語』とか。この『世にも奇妙な物語』(「BLACK ROOM」原作・脚本:石井克人)は、奥さんが樹木希林さんで、木村拓哉さんのお父さんの役でした。

――ブレイクと言われてるのは、福田雄一さんの作品のイメージですけど、いろんなクリエイターさんが面白いなと思ってくれることの繰り返しだったんですね。

そうですね。いろんなきっかけが重なって今があるというか、その気持ちは忘れないようにと思っています。

――福田さんとの出会いはどんなものだったんでしょうか?

福田さんは、『独身3!!』というドラマの打ち上げの席で初めてお会いしたときに「志賀さんいいですねー」って言ってくださって、『THE 3名様』のときにも声をかけてもらいました。それにしても、福田さんの作品で演じる役と、『陸王』の役とではぜんぜん違いますからね。いわゆるシリアスな役に見出してくださる方と、コミカルな面を見出してくださる方がいる。僕はどれも真面目にやってるつもりなんですけど、そこから出てくる面白さを見てくれているのかもしれません。『三匹のおっさん』もコミカルな面を求められている作品だと思います。

――いまは、リスクを背負わない選択を求める人も多い気がするんですが、40代で俳優の世界に飛び込もうと思う気持ちってどういうところから湧いて出たんでしょうか。

やっぱり40歳になる前くらいから、どこかで「このままやってていいのかな」という思いが出てきたんですね。僕は年をとっていくのに、毎年入ってくる学生は18歳や19歳だから、その差が広がる一方で。考え方が共有できているのかなと思ったら、何が必要かってことで、これは、目標であった俳優をちゃんとやらないといけないのかなって。

――これからやりたいことってありますか?

『三匹のおっさん』のシリーズは続いていってほしいと思います。今まで、こんな風に自分が出てシリーズとして続いていくものというのもなかったし。それと、呼んでくださる限りは俳優としてやっていきたいなと思います。

■志賀廣太郎
1948年8月31日生まれ、兵庫県出身。1978年より桐朋学園演劇科で非常勤講師として勤務。1990年、劇団「青年団」に入団し、教壇に立ちながら舞台、テレビ、映画など様々な作品で役者としても活動する。DVD『THE3名様』(2005年)で若者の間でも人気となり、テレビ東京『三匹のおっさん』シリーズ(2014年~)では”おっさん”の一人・ノリとしてスタンガンを手に活躍。2017年はドラマ『リバース』『陸王』など立て続けにヒット作に出演し、注目を浴びている。