龍が舞い降り、この美しい景観がつくられた?
船が出航して30分ほど経つと、ついにハロン湾特有の奇岩群が姿を現す。切り立った断崖、険しくゴツゴツとした岩肌……それら無数の奇岩が船を取り囲む光景は、まさに息をのむ美しさ。船は、いくつもの奇岩を通り越していくが、すぐに新たな奇岩が現れる。その繰り返しなのだが、なぜか見ていてまったく飽きがこないから不思議だ。
ハロン湾には、こんな伝説が残されている。かつて、ここに暮らしていた村民たちに幾度となく侵攻を繰り返す部外者たちがいた。困り果てた村民たちが天に祈りを捧げたところ、海の主である龍の親子が降臨。龍たちは尾を振り降ろして山を砕き、口から宝石を吐き出して部外者たちを撃退した。そのとき、吐き出された宝石が奇岩になったのだという。ハロン湾を漢字で書くと「下龍」。龍伝説が名称の由来となっているのだ。
この情景を目にすれば、龍伝説が脈々と語り継がれてきたことも頷ける。無数に立ち並ぶ奇岩と広大な海原には、誰もが神秘性を感じることだろう。
今なお、水の上で暮らす人々
航海中、船はいくつかの観光スポットに立ち寄る。長い時を経て形成された鍾乳洞や龍伝説ゆかりの寺院、美しいビーチ、そして水上生活者たちの村だ。
奇岩群の合間を抜けながら進んでいくと、遠くにポツリポツリと海に浮かぶ家屋が見える。船から小型ボートに乗り換えて村へ向かうと、水上市場に到着。そこからは、村民による手漕ぎの小舟に乗って水上村を巡ることができる。
周囲は小さな島の入り江のような場所で、波も穏やか。そこに発砲スチロールやドラム缶をくくりつけて浮かべた木造家屋が並んでいる。ボートを漕いでくれた村民に聞いたところ「昔はもっと多かったけど、今も100人近くの村民が暮らしている」という。
すべての世帯が漁を生業としており、毎日漁船に乗って魚を獲り、収入を得て暮らしているとのことだ。村には子どもの姿もちらほら見られ、ひと際大きな建物は学校(観光案内所も併設しているそう)だった。
カラフルな家屋がゆらゆらと海に浮かぶ光景は、不可思議でありつつも、どこか懐かしい。村を巡っていると、「こんにちは!」と日本語で挨拶してくれる若者、家の周りを走り回って遊ぶ子どもたち……のんびり暮らす村民たちの姿が、少し羨ましくも感じられた。
泊まらずして見られない、圧巻の絶景
いつしか、時は夕刻に。急いでサンデッキに向かうと、沈みゆく太陽が幻想的に海原を、奇岩群を紅く染めていた。視界を遮るものが何もなく、オレンジ色の世界に包まれた景観は圧巻。よく夕日を"ロマンチック"と表現するが、それでは安易すぎて相応しくないように感じる。それほど感動的な夕景であった。
船旅の絶景はそれだけではなく、星空が輝く夜、朝日に照らされる早朝……そのどれもが素晴らしいのだ。このように、朝昼夕夜と常に違った表情を見せてくれることこそが、ハロン湾の"本当の魅力"。ランチクルーズで昼しか見ずに陸へ戻ってしまうのは、実にもったいない。
これら刻々と変化してゆく景観はもちろん、趣ある船で過ごす時間も、のどかな水上村への訪問も、宿泊プランでないとゆっくり満喫することができないのだ。せっかくハロン湾を訪れるならば、ぜひ船上泊をオススメしたい。
航海中、ほとんどの時間を景色に費やした。一応、船にはWi-Fiが完備されているのだが、かなり微力な電波なのでネットは使えないと思っていた方がいい。しかし、逆にそれがいいように思えた。「ただ景色を眺めて過ごす」――そんな何気ない時間を、ハロン湾はとても贅沢な時間へと変えてくれる。
取材協力:ベトナム航空