8月の金融市場は、米株の予想変動率であるVIX指数、いわゆる「恐怖指数」が久々に上昇するなど、決して静かではなかった。ただ、トランプ大統領の言動や朝鮮半島問題を除けば、いわゆる「相場材料」はあまりなかった。下旬のジャクソンホール会合の結果を受けた為替相場の動き(米ドル安やユーロ高)も、金融政策に関する新たな材料が出てきたというより、出てこなかったことでポジション調整が起こったとの印象だ。

これに対して、9月は相場材料が「てんこ盛り」だ。

米国では、10月1日の新年度(2018年度)開始に向けて、議会で予算や税制改革の審議が本格化する。詳細なタイミングは不透明ながら、デットシーリング(債務上限)の期限も迫る。それらの審議が難航して新年度開始以降も交渉が続く、税制改革の実現性が低下する、デットシーリングの期限に間に合わずに米政府のデフォルト(債務不履行)が意識される等の事態となれば、金融市場のかく乱要因となりかねない。甚大なハリケーン被害に対処する財政支出という新たな不透明要因も出てきた。

一方、トランプ政権内部の動揺が続くなか、モラー特別捜査官や議会によるロシアゲートの捜査・調査が進展し、新事実が明らかになるかもしれない。米国とカナダ、メキシコによるNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉も始まっているが、トランプ大統領は交渉が芳しくなければ打ち切りも辞さないとの構えを見せている。米国が保護主義的傾向を強めれば、米ドルや株価にとって好ましい環境とは言えまい。

欧州では、ブレグジット(英国のEU離脱)に関する英国とEUとの交渉が始まっている。今のところ、英国の拠出金や在英EU市民の権利など、まず離脱の条件を固めたいEUと、離脱後の貿易協定なども含めたい英国との交渉は平行線のままだ。英国が拠出金の支払いに前向きの姿勢をみせ、フランスなど一部のEU加盟国が貿易交渉を開始する用意があるとするなど、一部に事態好転の兆しはあるものの、依然として先は読めない。

ドイツでは24日に総選挙がある。与党CDU(キリスト教民主同盟)が勝利してメルケル首相が四期目を迎える可能性が高そうだ。ただし、CDUのパートナーは、現在の「大連立」の相手であるSPD(社会民主党)から小政党に代わる可能性がある。選挙結果を市場がどう受け止めるかは興味深い。もちろん、選挙は「水物」だ。

8月は少なかった主要中央銀行の金融政策会合も目白押しだ。とりわけ注目されるのが、6日のBOC(カナダ中央銀行)、7日のECB(欧州中央銀行)、19-20日の米FRB(連邦準備制度理事会)、それぞれの会合だろう。

6月に主要中央銀行の間で、利上げや量的緩和の縮小などにより金融政策の正常化を進める機運が高まった。6月に今年2度目の利上げに踏み切ったFRBを除き、その後に多くの中央銀行が腰砕けとなるなかで、7月に唯一利上げを実施したのがBOCだった。BOCは、2015年の2度の利下げは「役割を終えた(ポロズ総裁)」と判断しており、追加利上げを視野に入れている。さすがに9月はタイミングが早すぎるかもしれないが、年内の追加利上げが示唆される可能性はありそうだ。

ECBは、少なくとも年内は続けるとするQE(量的緩和)を、来年に入って縮小するかどうか。その計画が示される可能性がある。今年に入って米ドル安の裏側でユーロの堅調が続いているが、会合後の会見でドラギ総裁がユーロ高をけん制するような発言をするかどうかも注目される。

FRBについては、物価指標の軟調もあって年内の利上げ観測が大きく後退している。一方で、保有債券の再投資を段階的に停止する、いわゆるバランスシート縮小の開始を発表する可能性が高い。FRBは、いったん開始すれば、状況が大きく変わらない限りバランスシート縮小を淡々と進め、金融政策手段としては積極的に活用しない意向を表明している。それでも、FRBのバランスシート縮小は債券市場の需給悪化要因となるだけに、債券市場はどう反応するだろうか。

最後に、朝鮮半島において地政学リスクが高まる可能性にも注意が必要だ。北朝鮮は、昨年9月9日の建国記念日に5度目の核実験を敢行している。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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