あまりの人気にクレームも

「アントシモのパンには複数の小麦粉を使用し、表面はパリッと、中はもちっとを表現しています。生地はとても繊細で水の分量や混ぜ方でも大きく食感は変わります。練った後は丸一日冷蔵庫で休ませ、翌日に使用するようにしていますが、この低温熟成の温度にもアントシモ独自の食感の秘密があるんです。そうそう、生地には老麺(発酵種の一種)を入れていて……」。

揚げパン以上に温かな雰囲気を醸し出す宮城博三さん

と、次々と秘密を明かしてくれる宮城さん。その熱弁に揚げパンに対する情熱と人柄の良さがひしひしと伝わってくる。市販のパンには硬さや食感を調整する増粘多糖類などが使われるが、アントシモでは薬品に頼らず手間暇をかけた製造技術で絶妙な食感を生み出しているという。

生地は改良に改良を重ねて、今日に至る

オープン当初から改良を続けてきた生地だが、実はこの数年で大幅なリニューアルを行った。台湾中部の饅頭職人の元に宮城さん自身が2年にわたって通いつめ、饅頭の製法と揚げパンのレシピを融合させた新たな食感が今年になって完成したのだとか。

またそれとともに、饅頭の技術を転用した蒸しパンも新たにメニューに加わり、2017年7月には石垣島にも新店舗がオープン。現在既に出店している香港でも多店舗展開を進めていく予定だ。

こうして書くと順風満帆な揚げパン人生に見えるが、宮城さんはゆっくりと首を横に振った。

「2009年5月のオープン時は夫婦ふたりで切り盛りする小さなお店でした。それがある日、沖縄で有名なタレントさんのブログで紹介され、その後にはご当地紹介番組でTV放映され、信じられない勢いでお店が変化していったのです。数えきれないお客さまの来店がありながら、手作りゆえの少量生産のためにご迷惑を掛けることも多く、お叱りの声をたくさんいただくことも。

そこでお客さまのリクエストやアドバイスにお応えするために、オペレーションを変えたり生地のレシピを改良したりと、試行錯誤の日々が続きました。今も悩んだり迷ったりすることはありますが、お客さまに喜んでいただけるように努力していきたいと思っています」。

お客さまに喜んでいただきたい。その想いで今日までやってきた

目指すは「町の揚げパン屋さん」

地元の人々との出会いを経て、ゆっくりと育てられてきたアントシモの揚げパン。このおやつが愛される理由は、こだわりのおいしさだけでなく、宮城さんを始めとするスタッフの皆さんの人柄にもよるのだろう。沖縄を代表する人気店でありながら丁寧で温和な雰囲気は、たどってきた苦労の数々が生み出したものなのかもしれない。

これからの目標をうかがうと、「自転車で10分、周囲1kmのお客さまに愛されるお店にしていきたい」と話す宮城さん。目指すのは小腹が空いたらふと寄りたくなる、町の揚げパン屋さん。お客一人ひとりに向き合い、地元に根差しながら納得のいく商品を届けていきたいのだという。

パンが揚げられるまでの時間、スタッフとの"ゆんたく(おしゃべり)"タイムも楽しみのひとつ(写真手前が代表取締役の宮城さん)

なお、お店のホームページには移転前の住所と地図がそのまま掲載されているので、訪れる際には下記の新しい店舗へ向かってほしい。そこらへんの緩い雰囲気もまた、沖縄らしさと感じてもらえるとさらに楽しめるかもしれない。うちなーんちゅが愛してやまない揚げパンを頬張れば、誰しもニンマリ笑顔になれる。気分もきっと"揚がる"はずだ。

●information
アントシモ那覇本店
住所: 沖縄県那覇市久茂地1丁目5-1
営業時間: 10:00~21:00(日曜日は~18:00、第2・4火曜日は~19:00)
休日: 水曜日、年末年始

筆者プロフィール: 阿久津彩子

東京都出身、沖縄在住。沖縄の編集プロダクション「WORD WORKS OKINAWA」の運営&ライターを務める。沖縄の島野菜と果物の力強さに驚き、週末はファーマーズマーケット巡りにいそしむ。入手した野菜は同量のお肉と一緒に食すのが基本だが、過剰摂取なのか全くやせない。旬の味覚を存分に楽しめるおいしいお店から、本当は秘密にしたいオススメの穴場スポットまで、沖縄の最新情報を幅広くご紹介します。