味噌煮込みうどん、きしめん、手羽先、あんかけスパなど、バラエティに富んだ料理が名を連ねる名古屋のご当地グルメ、名古屋メシ。しかし、このところふってわいているのが、「名古屋メシ パクリ疑惑」だ。

ご当地グルメと言いながら、実は発祥地は別の地域なのではないか!? そんな疑惑の主な対象とされているのが、天むす、ひつまぶし、味噌カツで、この3品は全てお隣、三重県津市の発祥とする説がある。そこで、コトの真相を確かめるべく、発祥地(仮)へ行ってみることにした。

「千寿」の天むす。近鉄名古屋駅、エスカ地下街と名古屋駅の2店舗で販売されているものは、津市の「千寿」のレシピにのっとっている。5個入り720円

天むすは津市の発祥! 名古屋でブレイクし世に広まる

元祖である津「千寿」の福田尚美さん。天むすは作りおきせず注文を受けてから握り、客の世代などによって塩加減も微妙に変えるそう。イートインも可。1人前650円

まず検証したいのは、小エビの天ぷらを具にした小ぶりのおむすび「天むす」。実はこれ、津市が発祥地と言われている。昭和30年代に、津市の天ぷら専門店「千寿」がまかない飯として考案。名古屋メシとしてのイメージが広まったのは、昭和50年代に名古屋・大須にのれん分けでオープンした「千寿」が芸能人のファンをつかんだからだ。

元祖と言われる津市の「千寿」を訪ねると、3代目にあたる福田尚美さんが答えてくれた。「昭和30年頃に開店し、3~4年後にはほぼ天むすの専門店になっていたようです。童謡『およげ! たいやきくん』が大ヒットした昭和50年頃、隣のたいやき屋さんと同じくらい、行列ができていたことを覚えています」。

名古屋発祥という誤解も少なからずあることについては、こう説明してくれた。「大須の『千寿』さんが人気になって、他にも天むすを出すお店が増えたんです。そこで"津に本店がある千寿が元祖です"という意味で、大須のお店が"元祖"と謳ったところ、"大須の千寿が元祖"と誤解されてしまったようです」。

自分の店が生み出した食べ物が"名古屋メシ"と呼ばれていることについては、「たくさんの方に気に入っていただいているということですから、嫌な気持ちはしないですよ」と福田さん。しかし、「聞かれたら、"名古屋メシ"ではないんですよ、とお答えしています(笑)」とのことだ。

大須の「千寿」は店舗で握った天むすを松坂屋名古屋店、名古屋駅のグランドキヨスク、中部国際空港セントレアに卸している。5個入り756円。津、大須の「千寿」ともに「創業者のレシピ通り」というが、何十年と別の場所で作っているといつの間にか出来上がりも異なったものになり、味や食感は明らかに違う。ぜひ食べ比べてもらいたい

後日、大須の「千寿」へ御年86歳になる藤森晶子さんを訪ねると、「津の『千寿』の奥さんのところへ通って作り方を教えてもらい、お店の名前をいただいてオープンしたのは昭和55年。最初の2年くらいは全然売れませんでした」と当時のいきさつを語ってくれた。

「ある日、地元のテレビ局が飛び込みで取材に来て、それがすごい反響でね。それから芸能人の方々が差し入れを食べて気に入ってくださって。いろんな人が宣伝してくれて、売れるようになったんです」。

名古屋メシと呼ばれていることについては、「(天むすは名古屋メシと)周りが勝手に言っているだけで、自分でそう言ったことはありませんからね。津の皆さんが怒っていないか心配なんですよ」とのお答えだった。

発祥ではないが、名古屋での大ヒットがご当地の名物に押し上げたことは確かなのではないか。名古屋メシについて執筆する機会が多い筆者も、かねてよりルーツが津市にあることを、必ず明記している。出自も確かで"パクリ"と呼ばれるようなものではないと言えよう。

●information
千寿
住所: 三重県津市大門9-7
営業時間: 9時半~17時
定休日: 日曜日、第3月曜日

味噌カツ発祥!? 津の「カトレア」へ行ってみた!

「カインドコックの家 カトレア」店主・谷一明さん

続いて味噌カツ。これは、津市の洋食店「カインドコックの家 カトレア」が元祖との声が、インターネット上などで数多く見られる。実際に訪れてメニューを見ると「1965年、(中略)日本人に愛される洋食メニューをと思い、考案され当店で誕生したのが味噌カツです」とあり、確かに文面からは"元祖"であるような印象を受ける。

しかし、店主の谷一明さんに尋ねると、こんな答えが返ってきた。「元祖とは謳っていませんよ。味噌カツが名古屋メシと呼ばれていることにも全然抵抗感はありません」。

谷さんが洋食の世界へ入ったのは昭和30年、15歳の時。洋食はまだ高級料理で「自分の知り合いが食べに来られるようなメニューを作りたい」と、日本の伝統調味料である味噌を使うことを思いついたそうだ。

試作品を作るも、先輩たちには全く認めてもらえない。それでも構想を温め続け、「味噌カツを出せる店をやりたくて」25歳で独立。名古屋住まいの経験もあるが、味噌カツを食べたことはなく、あくまでオリジナルのアイデアで創作したのだという。

「みそカツスペシャル」(ライスまたはパン、サラダ付きで1,200円)。特製の味噌ダレは名古屋のようにこってり甘めではなく、さらりとして衣全体に適度にしみている。味噌は名古屋と同じ豆味噌の一種、三州味噌を使用

名古屋の味噌カツは、戦後の屋台のどて鍋に、串カツを浸して食べたのが始まりと言われている。「カインドコックの家 カトレア」のような、1枚揚げのとんかつに味噌ダレをかけるタイプがいつから一般的になったかは定かではないが、有名な「矢場とん」をはじめ、現在味噌カツを出していて、カトレアより古い店は市内に何軒もある。そして、「昭和30年代に大須の店で味噌カツの出前を取ったことがある」という年配者の証言もあるのだ。

とはいえ、それぞれの店に昭和40年以前の「味噌カツ」を記載したメニューは筆者が調べた限り残っておらず、昭和40年代のグルメガイドにもそのような記載はほとんど見当たらない(昭和59年の「矢場とん」の紹介記事にも、味噌串カツのことしか書かれていない)。津市でカトレアが味噌カツを売り出した当時、名古屋ではまだ、味噌カツがポピュラーな料理でなかったことは、確かであるようだ。

名古屋でも三重県でも食されている東海地方特有の豆味噌は、乳化性が高く、油との相性が良い。味噌カツについては岐阜発祥説もあり、とんかつが一般的になるにつれ、この地域のあちこちで考案されたと考えるのが、最も無理がないと思われる。名古屋の味噌カツをパクリだと断じるのは根拠に乏しく、乱暴すぎるといえるのではないか。

●information
カインドコックの家 カトレア
住所: 三重県津市上弁財町17-108-1
営業時間: 9時~21時
定休日: 金曜日

津市の老舗うなぎ店「つたや」でひつまぶしのルーツを探ると……?

そして最後は、ひつまぶしだ。うなぎの蒲焼きを細かく刻んでご飯の上にのせ、1杯目はそのまま、2杯目は薬味をちらし、3杯目はお茶漬けにと、3つの味が楽しめる一品で、名古屋では明治創業の「いば昇」「あつた蓬莱軒」が有名。市内のうなぎ専門店のほとんどで、味わうことができる。

発祥の通説はこうだ。料亭の宴会のシメでうなぎを出していたところ、大人数に均等に分けるのが難しく、食べたい量にも個人差があるので、分けやすいよう細かく刻むようにした。シメらしくさっぱり食べたいという要望に応えて、薬味をかけたり、お茶漬けにしたりするように。出前も多く、陶器の丼は重くて割れやすいので、木のおひつを使うようになった。

「つたや」の「ひつまぶし」(2,400円)。のりとねぎはあらかじめちらしてあり、お茶漬け用にあられがついてくるのも気が利いている

しかし、津市で一番の老舗、明治8年創業の「つたや」4代目・森和広さんは、全く異なる説を主張する。「昔は天然うなぎを使っていたので大きさがバラバラで、太いのは硬くてお客さんに出せなかった。捨てるのももったいないので、焼いた後に細かく刻んで、内ごはん(まかない)にし、手早く焼くと臭みが残るので薬味を放り込んだんです。自然とお茶漬けにもしたんでしょう。私が子どもの頃は、仕方なく食べる残念なものでした」。

う~む、これはこれで説得力がある。ちなみに津市は古くから養鰻が盛んで現在もうなぎ屋が多く、消費量は国内でもトップレベル。そんなソウルフードの食べ方のひとつが、名古屋メシと呼ばれる現状についてはどう思っているのだろうか。

「メニュー化したのは名古屋のお店ですから、着眼点はスゴいと思います。名古屋メシと言われることについては別に何とも思いません」。

同店では、ひつまぶしが名古屋でメニューになっているという情報を聞きつけ、昭和50年頃、先代の時代に提供を始めたという。他にも津市内のうなぎ屋数軒に問い合わせたが、「要望が多いので最近になって出すようになった」との回答が多かった。

また、筆者が探した名古屋のグルメガイドにおける最も古い「櫃まぶし」の記述は、昭和39年発行『名古屋味覚地図』の「いば昇」の項。昭和50年代初めでもひつまぶしの紹介は他にほとんど見当たらず、名古屋でポピュラーになったのも昭和50年代以降のことと思われる。

愛知県でも三重県でも蒲焼きのタレには地域特有のたまり醤油を使う。濃厚なたまりベースのタレだからこそ、うなぎを細かく刻んでも、お茶漬けにしても食べ応えが損なわれず、ひつまぶしという食べ方が生まれたとも考えられる。名古屋の料亭発祥説、津のまかない発祥説。どちらが先と断言することは難しい。むしろ近しい食文化圏の2つの都市で、異なるいきさつにより、同様の食べ方が生まれたと考えた方が楽しいのではなかろうか。

安易に"パクリ"と騒ぎ立てるのではなく、おいしい郷土の味をパクリパクリとおいしく頂くほうが、心もおなかも豊かになることは、間違いないだろう。

●information
つたや
住所: 三重県津市東丸之内22-9
営業時間: 11時~21時
定休日: 火曜日

※価格は税込

筆者プロフィール: 大竹敏之(おおたけとしゆき)

名古屋在住のフリーライター。雑誌、新聞、Webなど幅広い媒体で名古屋情報を発信する。名古屋メシ関連の著作を数多く出版。著書に『名古屋の喫茶店』『名古屋の居酒屋』『名古屋メン』『名古屋めし』(リベラル社)、『名古屋の商店街』(PHP研究所)、『東海の和菓子名店』(ぴあ中部支局/共著: 森崎美穂子)などがある。Webガイドサイト「オールアバウト」名古屋ガイド。愛知県や名古屋市などの協同プロジェクト、なごやめし普及促進協議会ではアドバイザーを務める。