欧米人には伝わりづらい価値観

本田さん: この一帯では、沖ノ島信仰から生まれた古代祭祀が三女神の信仰と結びつくことで、海を隔てた一体的な信仰空間を形成しています。その信仰を担い育んだのは宗像氏であり、その後も地域の人々や海人によって現代に至るまで信仰が続いているということから、海を敬い共に生きてきたこの地の文化や伝統を知ることができます。日本としては、単に沖ノ島に考古的価値があるという側面だけではなく、8資産全体を通じて示される海洋信仰、それを継承してきた海人の文化・伝統を含めて「顕著な普遍的価値」がある、として推薦していました。

辺津宮の境内にある神宝館。国宝指定された奉献品を収蔵・展示しており非常に見応えがある

一方、イコモスが登録すべきとしたのは沖ノ島(岩礁含む)のみですので、この地の祭祀場や出土した奉献品が示す古代祭祀の変遷や、東アジアとの交流という考古的価値を重視しています。イコモスは、日本古来の信仰や伝統を示す資産に対しては「日本の国家的な価値」にとどまると表していますが、他の文化圏の人、特に欧米人には伝わりづらい観点だったのではないか、よって十分に検討してもらえなかったのではないか、という印象を持ちました。

――欧米的な価値観というのは、目に見えるもの、物証として残っているものを重視する価値観ということでしょうか。そう言えば、2013年に登録された「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」に対する勧告で、「三保松原を構成資産から外すように」というものがありましたね。

本田さん: あまり単純化はできないかもしれませんが、目に見えないつながりは欧米では伝わりづらいという傾向は強いかと思います。三保松原のケースは、富士山から40km以上離れているのだから、富士山の一部とするのはおかしいでしょう、という勧告でした。この時には、三保松原は古くから富士山の展望地であり、日本人の精神性の中では富士山と一体のものである、という説明に各委員国が賛同したことで構成資産に含まれました。

「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」での勧告の際、三保松原を除外する内容だったが、結果、構成資産に含まれることとなった

増える登録に審査も厳格化

――今回もその時のケースと同様に、8資産全体で逆転登録、ということは難しいのでしょうか。

本田さん: 富士山の時には、構成資産全体が「信仰の対象と芸術の源泉」を示すという「顕著で普遍的な価値」があることは認められていました。ただ今回の場合、信仰・伝統という価値は評価されていません。世界遺産委員会は7月2日~12日にかけて開催されますが、これから2カ月かけて、審議に参加する委員国に説明をしていくことは、不可能ではないと思います。ただ、そうするとイコモスの見解に異議を唱えることになります。

あるいは、今回登録勧告が出た4資産のみに絞り込んで審議に臨めば、まず間違いなく順当に登録されると思いますので、言い方はあまり良くないかもしれませんが、今回は穏便に一部登録を目指し、後に拡大登録を目指す、という方法もあるかもしれません。

そんなことをしてまで世界遺産登録を目指す必要があるのか、いっそのこと辞退するという選択肢もあるのでは、という声も一部にあります。関係者は今後どのようなシナリオで登録を目指すのか、非常に難しい対応を迫られていると思います。

――以前には長崎の教会群の取り下げもありましたが、世界遺産登録は一筋縄でではいかないのですね。また、登録されたとしても、立ち入りが禁じられている沖ノ島の保護に対する懸念もありますし。

長崎の教会群の核とも言える大浦天主堂。イコモスが「弾圧や禁教の歴史に特化した内容への修正」を促したことで、遺産名を「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」に変更し、2018年の登録を目指す

本田さん: 世界遺産は2017年4月現在で1,052件あり、さらに今後も増え続けていくとなるとユネスコの管理に関する負担は増える一方となります。ですから近年、登録に対するハードルがあがり、審査が厳格化しているのは強く感じます。

今回の勧告で、世界遺産に対してマイナスイメージが生じた面もあるかと思うので、私としては大変残念ではあるのですが、世界遺産に登録される必要があるの? とか、登録後もちゃんと保護していけるの? という議論が起こるのは、文化財や自然環境の保護を考える上で大切なことだと思います。今回の勧告は、「顕著な普遍的価値」に対する日本と欧米の考え方の違いが浮き彫りになりましたが、いろんな示唆に富んでいる出来事だと思います。まずは、関係者がどのような形で登録に向けて対策を練っていくのか、ぜひ注目したいと思います。

プロフィール: 本田 陽子(ほんだ ようこ)

「世界遺産検定」を主催する世界遺産アカデミーの研究員。大学卒業後、大手広告代理店、情報通信社の大連(中国)事務所等を経て現職。全国各地の大学や企業、生涯学習センターなどで世界遺産の講義を行っている。