2017年の世界遺産登録を目指す「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県宗像市、福津市)に対して、世界遺産への登録可否を調査する国際的な諮問機関「イコモス(国際記念物遺跡会議)」が5月5日、日本政府に対して登録勧告を行った。

宗像大社辺津宮の本殿。交通安全祈願のため、正月は特に参拝客が多い

ただし、8つの構成資産のうち4つを除くように求めており、手放しでは喜べない厳しいものとなった。日本が説明していた世界遺産としての価値がしっかりと伝わっていると言えない評価内容に、関係者も今後、難しい対応を迫られている。同遺産はどのような価値を押し出して推薦しており、諮問機関からどのような指摘があったのか。そこに何かズレがあったのか。世界遺産に詳しい世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局の研究員・本田陽子さんにうかがった。

「顕著な普遍的価値」の判断の難しさ

――5日深夜に「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」に対する諮問機関の評価が発表されました。審議自体は、7月にポーランドで開催される世界遺産委員会で行われますが、「勧告」とはどのような意味をもつのでしょうか。

本田さん: 世界遺産の登録は手順が決まっています。各国は、事前に世界遺産登録を目指す物件をユネスコの世界遺産センターに推薦します。審査件数は最大で年45件となっており、各国からは文化遺産と自然遺産でそれぞれ1件ずつまでしか推薦できません。

各国政府が、「この遺産は世界遺産にふさわしい価値をもつ」と考える文化財や自然環境を自薦という形で推薦します。国家や文化、民族などという枠組みを超え、人類全体にとって、現在だけでなく将来世代にも共通した重要性をもつとされる価値を「顕著な普遍的価値」と呼ぶのですが、それを備えていることが世界遺産には求められます。

でも自薦では、客観的にみて「顕著な普遍的価値」があるのかどうか分かりませんね。そこで、文化財や自然保護の専門家(諮問機関)による事前調査や審査が行われます。文化遺産の調査はイコモスが行います。その審査結果と提言、すなわち「勧告」は委員会の6週間前までに通達されるきまりがあり、この度、発表されたということです。世界遺産委員会では、この勧告を重視して登録の可否に関する審議を行います。

辺津宮の起源となる古代祭祀の場、下高宮祭祀遺跡。信仰上極めて重要な場所だが登録勧告の対象外となった

――勧告では、世界遺産にふさわしくないという評価を下されることもあるということでしょうか。また、審議の場ではその勧告がくつがえされることはあるのでしょうか。

本田さん: 勧告には「登録」「情報照会」「登録延期」「不登録」の4段階があります。「登録」以外の勧告は、「顕著な普遍的価値」をもたないという評価、あるいは、その価値が分かるように更なる調査や推薦書の書き換えを促すものです。

勧告をくつがえした前例としては、2007年に登録された「石見銀山遺跡とその文化的景観」があります。実は、「登録延期」という厳しい勧告でありながら、関係者の努力により審議の場で逆転登録となったんです。他にも逆転登録のケースが最近増加しているのですが、プロである諮問機関の調査や評価をないがしろにしているのではないか、世界遺産は政治的に決まってしまうのではないか、という批判の声があるのも事実です。

「石見銀山遺跡とその文化的景観」は「登録延期」から逆転登録へ

勧告が分かれた半々の資産

――今回は「登録」勧告とは言えども、8つの資産の内、中核となる沖ノ島以外の4資産は除く、という条件付きの内容でした。登録勧告が出た4資産は、具体的にどのような遺産なのでしょうか。

本田さん: まず中心となるひとつは、「神宿る島」として島全体が信仰の対象であった沖ノ島です。沖ノ島の位置関係をご説明しますと、九州本土から約60km離れた玄界灘のほぼ中央にあり、日本と朝鮮半島、中国大陸で行き来をする際の要所となるのです。4世紀後半からこれらの地域間での交流が活発化する中で、沖ノ島で航海の安全を願う国家的祭祀が行われるようになります。

沖ノ島での祭祀は9世紀ごろまで続くのですが、500年間の中で祭祀の場が巨岩の上から岩陰、露天の平坦地と時代を追うごとに移り変わっていきます。その間、おびただしい量の貴重な奉献品が神に捧げられました。中には、朝鮮半島で作られたと考えられえる金製指輪や、シルクロードを経てもたらされたとみられるペルシャ製のガラス碗など、国際色豊かな遺物も見つかっています。

つまり、沖ノ島は古代祭祀の記録を保存する類まれな「収蔵庫」と言えるのです。ちなみに、今回登録勧告が出た4資産とは、この沖ノ島と、島の1kmほど手前にある3つの岩礁(小屋島、御門柱、天狗岩)を指しています。岩礁は沖ノ島の鳥居のような意味合いを持っていると言われています。

沖ノ島における祭祀の第一段階である岩上祭祀の様子を模したレプリカ(国立歴史民俗博物館展示)

――どうりで沖ノ島は、「海の正倉院」と呼ばれるのですね。出土した8万点全てが国宝に指定されていると聞きました。では、今回除くように提言された4資産とはどのようなものですか。

本田さん: 7世紀後半になると沖ノ島に加えて、本土から約11km沖の大島と、九州本土でも沖ノ島同様の古代祭祀が行われるようになります。それが宗像三女神の鎮座する場所として、沖津宮(おきつぐう/沖ノ島)、中津宮(なかつぐう/大島)、辺津宮(へつぐう/本土)へと発展し、この3宮を総称して「宗像大社」と呼ぶようになるのです。宗像三女神とは天照大神(あまてらすおおみかみ)から生まれた女神で、長女が沖津宮に、次女が中津宮、三女が辺津宮に祀られています。

古代祭祀終了後も、現代に至るまで宗像大社に対する信仰は続いています。また、沖ノ島は厳しく入島を制限する禁忌などの慣習が人々の間に根づいたので、大島には沖ノ島を遥か遠くに拝むための遥拝所が設けられました。

そして、古代において国家間の対外交流や沖ノ島祭祀において活躍したのが、この地を支配した宗像氏という豪族です。彼らは航海族に優れた一族で、ヤマト王権が朝鮮半島との関係を深める上で彼らの果たした役割は大きなものでした。その宗像氏の墳墓群が「新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群」であり、沖ノ島へと続く海を見渡せる台地上に築かれ、海と一体的な空間を形成しています。

今回除外するよう言われたのは、大島の中津宮と遥拝所、辺津宮、新原・奴山古墳群の4資産です。

――イコモスは、それらの4資産の価値は国家的なものであり、世界的な価値とは認められない、と通達していますね。日本の推薦内容と、どのような点に食い違いがあったのでしょうか。

本田さん: 確かに、中核となる資産は沖ノ島なのですが、日本が8資産全体で伝えたかった価値と、イコモスの観点にはズレがあるように思いました。