トランプ大統領が辞任する可能性はあるか。この質問に対する短い答えは、「可能性は非常に低いが、ゼロではない」というものだ。金融市場では、可能性は非常に低いが、実際に起きたら大きな影響が出るイベントを「ブラックスワン」あるいは「テールリスク」と呼ぶ。トランプ大統領の辞任はまさにそれに該当するだろう。

そうした事態に備えて、一応イメージトレーニングをしておこう。

トランプ大統領は第45代なので、その前に44人の元大統領がいた。このうち、任期を全うしたのは35人だ。換言すれば、9人、つまり2割以上が何らかの理由で任期途中に離任している。決して低い確率ではない。ただし、最後に途中離任したのは、後述するように74年のニクソン大統領なので、過去40年以上、7人全ての大統領が一期4年ないし二期8年の任期を全うしている。

途中離任した9人の大統領のうち、8人は在任中の死亡が原因だった。このうちリンカーン大統領やケネディ大統領など4人は暗殺されている。存命のまま離任したのはニクソン大統領だけだ。ニクソン大統領はウォーターゲート事件の発覚を受けて自ら辞任した。

現職の大統領を、その意思にかかわらず辞任させるために弾劾手続きが存在する。それは以下のプロセスだ。大統領が重大な犯罪に関与したとして、下院が過半数の賛成をもって、訴追を決定する。それにより、上院で弾劾裁判が行われる。それは通常の裁判と同様に進められ、上院議員が陪審員の役割を果たす。そして、訴追案件に関して、上院の3分の2以上(67人以上)が有罪と判断すれば、大統領は職を解かれることになる。

過去に弾劾された大統領は2人。1868年のアンドリュー・ジョンソン大統領と、1998年のビル・クリントン大統領だ。いずれも、下院で訴追されたが、上院で「有罪ではない」と判断された。研修生との「不適切な関係」に関連して、偽証と司法妨害に問われたクリントン大統領のケースでは、偽証について50人、司法妨害については45人が「有罪」と判断したが、いずれも67人に届かなかった。クリントン大統領と同じ民主党の議員は全員が「有罪ではない」との判断だった。

1974年のニクソン大統領のケースは、弾劾裁判が不可避の状況下で、下院が訴追を決定する直前の辞任だった。

以上から、トランプ大統領が辞任に追い込まれるとすれば、弾劾裁判に値する重大な犯罪への関与が発覚し、さらに共和党議員も含めて大半の議員が「有罪」と判断するのに十分な証拠が揃うケースだろう。現段階で、可能性は限りなくゼロに近いと言わざるを得ない。

実は、大統領の意思に反して、副大統領が職務を代行するケースがもう一つある。それは、合衆国憲法修正第25条第4節の規定だ。それによれば、副大統領と閣僚等の過半数とが議会に対して、大統領に職務遂行能力がないと申し立てれば、副大統領が直ちに大統領代行として職務を遂行できる。

その後に大統領が自身に職務遂行能力があると申し立てれば、再び職務を遂行できる。これに対して、副大統領と閣僚等の過半数とが4日以内に改めて議会に対して申し立てを行い、そこから21日以内に議会の3分の2以上が大統領に職務遂行能力がないと判断すれば、副大統領は大統領代行を続けることができる。つまり、大統領は復帰できない。なお、結論が出るまでの間は、副大統領が大統領代行を続ける。

さすがに、そこまで行くのは絵空事のような話であり、実際に当該第4節が発動されたことは過去に一度もない。トランプ大統領が心変わりして政権を放り出すことのほうが、まだ現実味があるようにさえ思える。

ところで、大統領の継承順位は、合衆国憲法やその他の法律で細かに定められている。大統領⇒副大統領⇒下院議長⇒上院議長代行(上院議長は副大統領が兼務するため)⇒国務長官⇒財務長官⇒国防長官⇒……と続く。国務長官以下は各省の創設順であり、したがって最後は国土安全保障長官の順となる。もっとも、過去に下院議長以下が大統領に昇格したことはない。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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