――そういえば、なぜ主人公の担当はサックスだったのでしょう?

しかもなぜテナーというところですよね。すごく単純なことを言うと、ネックの部分が一回上がって下りる形じゃないですか。それがかっこいいと思って……本当に単純ですね。それに、横から見ると「J」の形に見えるんですよ。それにトランペットはクラシックにもあるじゃないですか。でもサックスはクラシックではめったに使われない、ジャズを代表する楽器なので。

――作品を読んでいると、演奏シーンでは実際に音が聴こえてくるように感じることがあります。

けっこうそういう言葉をいただくんですよ。でも、担当編集とも話していて判明したんですけど、これは読んでいただいている読者の方たちの想像力がすごいんです。本当にそうなんだなというのをすごく実感しています。描く時は、音符を使ってみたり、ときには音符がなかったり、斜線をいっぱい入れてみたりといろいろ試みていて、毎回「これで鳴っているといいな……」という気持ちです。だから、音が聴こえるって言っていただけるのはとってもうれしいですね。

――人気の漫画作品が次々に実写化されるという例が最近特に多くなっています。仮に実写化の話が出たとして、ここだけは譲れないというところはどこでしょう。

実写のことは今まったく考えていないんですよ。ここは譲れない……というよりも、そうですね……、なにはどうあれ"カッコよさ"はあってほしいです。

――作品の設定のお話をお伺いしたいと思います。東北を舞台に描いたのはどのような狙いがあったのでしょうか。

地方都市で始めたい、ということがありました。担当編集の方が仙台出身だったので、せっかくだったら方言がわかるし土地勘もある仙台がいいなって。震災との関連もあるのではないかという声もいただくんですけど、震災に関して僕がどうこう描くのはとてもおこがましいことで、もちろん意識はしていましたがテーマにするのはちょっと違うかなと思っています。

――地方都市を舞台に物語を展開するのには、作者としてどのような魅力があるのでしょうか。

東京もいいんですけど、「自然と若者と楽器」というのが見たかったんですよ。これは田舎すぎても成立しないなと思っていて、そうしたときに仙台や新潟が思い浮かびました。結果として、仙台に。広瀬川という良い川もありますし。

――大がサックスを練習する川は、実際にある川がモデルなんですね。

そうですね。実際に行きました。よくわからないですけど、僕の中では「楽器=川原」という連想なんですよ。

――作品の中では、"計算してもできないソロ"が演奏の到達点として描かれます。これはジャズに詳しくない身からすると、どんなものなのだろうと興味が湧くのですが、これは実際に演奏を聴いていて感じるものなのでしょうか。

ジャズに限定しなくてもいいんです。例えば物語でも、「100点の物語が描けた」というのはたぶんない。もちろん、「これは100点だ」と自分で毎回思ってもいいと思うんです。でも「100点であること」よりも、いろんなことを試していく大のように、自由に描きたいなと。きっとあんなふうに内からくるものを表現できたら楽しいだろうなと。これは音楽以外の表現にもあることだと思うんです。

――先ほど、大が自転車で走って学校に向かうシーンで作品に手応えを感じたということでしたが、これも描く側からは制御できないところなんですね。

全然できない。こういうのは、もう本当に無意識ですね。

『BLUE GIANT』(C)石塚真一/小学館

――単行本の巻末には、"ブルージャイアント"(世界一のジャズプレーヤー)になったであろう大の関係者へのインタビューが掲載されています。これも面白いアイデアですね。

あれは担当編集さんのアイデアです。実験的な試みで、何がどうなるかわからないけどやってみようと。でも、あれを描くのは面白いですね。毎回非常に楽しんで描いています。単行本の中のわずかなページなんですけど、こんなことができるんだなって。

――でも、途中でやめられないですよね。

ゴールを先に描いてしまってますからね(笑)。そこまで読者が読んでくれるのか……と不安もあったのですが、その過程である物語も気にしていただいているようなので。だから一番考えることは、僕が健康でなきゃいけないということなんです(笑)。「なんとか主人公をあそこまでたどり着かせてほしい」と、何者かにお祈りするように、願いながら描いています。