音が"聴こえてくる"ジャズ漫画に夢中だ。ページに極薄のスピーカーが仕込まれているワケではなく、もちろんこれは比喩で、あくまでそんな"感じがする"ということなのだが、この作品を読んだ時の気持ちを説明するのにこれ以上ぴったりの表現もない。実際にファンからも同様の声が多く寄せられるという。仙台の高校生・宮本大が、世界一のサックスプレーヤーを目指す姿を描く漫画『BLUE GIANT』のことだ。高校生の青春がメインだが、ジャズにあまり触れたことがない10代から、かつてジャズブームをけん引したずっと上の世代まで幅広い支持を得ている。

2013年に連載がスタートした本作は、「第62回小学館漫画賞一般向け部門」「第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞」など数々の漫画賞を受賞。審査委員からは、「漫画表現の中でも難しいといわれる音楽世界をその画力によって表現している」「主人公が成長する過程の人間関係を巧みに描いた感動作」と絶賛された。3月10日に発売された最新刊『BLUE GIANT』10集で作品は完結するが、舞台を海外に移した『BLUE GIANT SUPREME』で、現在も物語は続いている。

石塚真一(いしづかしんいち) 1971年生まれ、茨城県出身。自身の登山経験をもとにした『岳 みんなの山』で「第1回マンガ大賞」「第54回小学館漫画賞一般向け部門」「第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞」を受賞。2013年より『BLUE GIANT』を連載 撮影:大塚素久(SYASYA)

この作品のすごさは、ジャズに詳しくなくても楽しめること、そしてジャズに対する読者の「難しい」「古い」「静か」といった認識をガラリと変えてしまうところにある。世界一を目指す主人公・大のひたむきな姿に、楽器を始めたくなった読者も少なくないだろう。

なぜ、『BLUE GIANT』はこんなにもおじさんたちを熱くさせるのか。そして、なぜジャズに詳しくなくてもジャズを"感じる"ことができるのか。「小学館漫画賞」授賞式で作者の石塚真一氏を直撃した。そこで見えてきたのは、ジャズの感動や衝撃を「かっこよさ」「熱さ」「激しさ」「自由さ」といった人の根っこの部分の感覚に移し替えていく石塚氏の「変換力」の巧みさだった。

――この度は「第62回小学館漫画賞」の受賞、おめでとうございます。

ありがとうございます! 恐縮です。

――今回の受賞作『BLUE GIANT』は、第54回で受賞した『岳』とはまったくテーマが違う作品ですが、これは当初どのような企画としてスタートしたのでしょう。

なにか企画書のようなもので提案したわけではなくて、ひたすら担当編集の方とこんな話にしよう、あんな話にしよう、と打ち合わせを繰り返した中で生まれた作品です。物語の先はあまり決まっていなかったんですけど、とりあえず1話目をやってみよう!みたいな。それが積み重なってきた形です。

――漫画で音楽を表現する、その中でもジャズを表現することは特に難しいと言われています。どうしてジャズをテーマに据えられたのでしょうか。

そこはすごく単純で、ジャズが"好き"の一点なんですよ。前の漫画(『岳』)も、やはり登山が"好き"というところからでした。ジャズって年配の人が聴く音楽というイメージだったので、若い人のあいだでもっとワ~っと盛り上がったらいいなということを夢想して始めました。

――若い人に向けてということですが、けっこう上の年齢層の方の反響も多い印象があります。

だからあまり「若い人に向けて」って言ってられなくなっちゃって(笑)。でも年齢問わず、全体に広がっていくのはすごく感謝です。こうやって30・40代の方にも読んでいただけているのは、すごく重要だと思っています。実は今ちょっと夢見ていることがあって、その親から子どもに広がって、ジャズをやる子どもが増えたりしたらスゴいなと。音楽教育は早いほうがいいですからね。

――実際に寄せられた声の中で、特に心に残っているものはありますか?

有名なジャズ喫茶を営んでいる人で、ジャズとともに生きてきたようなおじさんがいるんです。その人に、漫画を読んで「プレーヤーになりたいと思った」って言われたんですよ。彼は、ずっとレコードをかけてきた人、リスナーとして長年生きてきた人なんです。そんな人に、こう言ってもらえたのはうれしかったですね。

――先日、某老舗ジャズ喫茶にも膨大なジャズの資料とともに『BLUE GIANT』が並んでいました。主人公の大は作品の中で、同級生に「ジャズってどんなもの?」ということを尋ねられ、うまく説明できない場面があります。『BLUE GIANT』は漫画全体を通して、この「ジャズってどんなもの?」という問いに対する答えを提示しているように感じます。

ジャズについてはいろんな捉え方があると思うんです。でも僕はミュージシャンじゃないので、描く時に「ジャズは熱くて激しいもの」と勝手に決めることにしたんです。いま人気のある音楽にはロックなどいろいろありますけど、若い人たちというのはそういったものがもつ"激しさ"とかが非常に大事じゃないですか。だから僕も自分の中で「ジャズは激しくて熱くてかっこいいものなんだ!」って。そこは大も一緒だと思います。

『BLUE GIANT』(C)石塚真一/小学館

――連載が始まって、「この作品はイケそうだな」と思ったカットやシーンはありましたか?

最初で言うと、主人公が自転車で走って学校に向かうシーンがあるんですよ。その自転車をこいでるシーンを見て、「イケる!」って。「イケる!」というか、「いいな、この話は」と思いました。まだ演奏もしていない、話もなにも始まっていないのに、です(笑)。でもこのシーンで、「この子がこれからサックスを吹くんだな」と思っただけで僕はもう楽しかったですね。「あの一生懸命自転車をこいでいる彼が、サックスを吹くんだ」というだけでちょっとワクワクしました。