世界各地で開催されるモーターショーで毎年のように発表されるコンセプトカー。多くのクルマ好きの注目を集める一方で、「コンセプトカーって何?」という声も聞かれる。コンセプトカーをそのまま市販したようなクルマに乗る筆者が、コンセプトカーが生まれる背景を紹介していく。

今年も登場! 目を引くコンセプトカー

1月に開催された北米国際オートショー(デトロイトショー)を皮切りに、今年も世界各地でモーターショーが開かれる。モーターショーの華といえばコンセプトカー。2017年秋に開催が予定されている東京モーターショーでも、国内外のブランドがさまざまなコンセプトカーを出展することになるだろう。

デトロイトショーに登場した日産自動車の「Vmotion 2.0」

でもここで、「コンセプトカーって何?」と疑問に思う人もいるはずだ。確かに、コンセプトとは概念という意味の言葉で、曖昧な表現だ。

それに歴史を振り返れば、コンセプトカーという言葉が使われ始めたのは最近のことで、昔は「ショーカー」や「プロトタイプ」といった表現のほうが一般的だったという記憶がある。日本語では「試作車」や「参考出品車」などの言葉が使われていた。これらを総称してコンセプトカーと呼ぶようになったようだ。

デトロイトショーに先立って開催されたCESで発表になったトヨタ自動車「TOYOTA Concept-愛i(コンセプト・アイ)」(画像左)と本田技研工業「Honda NeuV(ニューヴィー)」

カロッツェリアも源流に

コンセプトカーの歴史を作ったのは米国とイタリアだと考えている。米国ではゼネラルモーターズ(GM)をはじめとする旧ビッグ3が、モーターショーに向けて未来的なデザインのクルマを製作し、展示していた。GMは「モトラマ(Motorama)」という名前で自前のモーターショーを開き、コンセプトカーを見せるほどだった。

一方のイタリアでは、ピニンファリーナやベルトーネなど、ボディの製作を専門に行うカロッツェリアと呼ばれる工房がショーカーを送り出していた。戦前の自動車は、カーメーカーはエンジンとシャシーを作るだけで、ボディは専門業者に任せるのが一般的だったのだが、創造性豊かなカロッツェリアは戦後もその流れを受け継いだ。

ピニンファリーナが製作したマセラティ「バードケージ75th」

彼らはカーメーカーと組んでボディを手掛ける傍ら、一品製作も請け負った。それらの多くは富裕層の注文に応えるためだったけれど、戦後多くのカーメーカーがボディも手掛けるようになると、多くの人に彼らの実力を知ってもらうために、モーターショー向けのモデルを製作することが多くなり、そのために自前のブースまで出すようになった。