『木枯し紋次郎』から受け継いだ食事の描写

――スプーンを握るようにつかんで、下品に食べるシーンがとても印象的でしたが、そこのヒントは?

食べ方については、原作の滑皮からヒントを得ています。「食べる」という行為は、主要な登場人物を描く上で大切です。僕がいつも参考にしているのは、市川崑監督の『木枯し紋次郎』。それまでの「渡世人」像は困った人を助けることが多かったのですが、市川監督が生み出した木枯し紋次郎は、助けを求められても「あっしにはかかわりのねえこと」と言います。厳しい境遇ですべての人を助けていたら自分の身が持たなくなってしまいます。結果的には助けてしまうんですけどね。

話を元に戻しますと、その紋次郎が食事をするシーンが何回かあるんです。麦飯に薄い汁物、めざし。それらを紋次郎は全部汁かけご飯にしてしまって一気にかきこみます。味わって行儀よく食べるという教育を受けていない。食事に時間をかける意味もない。アンチヒーローの潔さがそこにはあって、犀原茜にもそれを感じました。原作で真鍋(昌平)さんが描いた滑皮の要素を借り、女性がそれを演じることによる衝撃も狙いの1つでした。

"書きづらい名前"の由来

――「犀原茜」という名前にはどのような由来があるのでしょうか? 直筆ではなかなか書けない難しい名字です(笑)。

実は、犀(サイ)という動物がとても好きで(笑)。以前、サイをある辞書で引いた時に「陸上でゾウの次に大きな動物」、カバを引いても「陸上でゾウに次いで2番目に次に大きな動物」と書いてありました。今回の話とは関係ありませんね(笑)。

サイは個体数が減っていることもあって、強さと共に哀しみのようなものも感じます。そこが「犀原茜」という人物像にもつながります。そして、「フルネームで呼ばれるキャラクター」というのもポイントで、フルネームで呼ばれるためにはリズム感も重要になってきます。丑嶋、戌亥、柄崎、高田……下の名前が見えてこないキャラクターですが、『ザ・ファイナル』では幼なじみが丑嶋を「馨ちゃん」と呼ぶことによって、その少年時代が明らかになってきます。柄崎も母から「貴明」と呼ばれるシーンがある。

「犀原茜」は昔からフルネームで呼ばれがちな人間だった。一方、部下の村井(マキタスポーツ)は、キャラクターとして「下の名前」は必要ありません。「村井」は記号でしかない。このあたりのことは脚本の段階から考えることはできますが、今回はそうではなく、撮影を進めながら決めていきました。

役者にとっての"当たり役"とは

――そうやって内面と外面を擦り合わせて、初めて現場で高橋さんを見た時はどう思われましたか。

やりはじめると入り込んでいけるタイプ。そして、何よりも「犀原茜というキャラクターに合っていた」ということに尽きると思います。

――そのあたりのことをツイッターで「当たり役にはなかなか巡り合えないもの」とおっしゃっていましたね。

そうですね。山田くんは世界にも名の知れた役者になりましたが、丑嶋馨は彼にとって大きな当たり役の1つ。「当たり役」には、その役者の演技力だけでなく、運というか「めぐり合わせ」も必要になってきます。

メアリーでいえば、当時の彼女より有名な役者がやっても「当たり役」になるとは限らない。「当たり役」には、観た人の評価が大切で、「ハマり具合」と同時に「驚き」も必要です。その両方がないと、「当たり役」にはなりません。

――突然の奇声、「村井!」という呼び方。犀原のセリフ回しは、『Part2』から『ザ・ファイナル』まで一貫した印象でした。イメージにぶれがない。演出する上で何か工夫があったのでしょうか。

怒鳴るときの声量や「聞き取りづらいかすれ声」という声の特徴は伝えました。丑嶋もそうですが、内面が見えにくい人間なので、1回形を決めてしまえば、そのままずっと同じトーンで演じることができる。

ドラマ『Season3』でセカンドの川村監督の演出回で犀原茜がハサミを投げつけた時に柱に刺さるシーンがありました。僕は全話の編集に立ち会うわけですが、脚本通りに撮れてはいるのだけれど、そのシーンにすごく違和感がありました。切ってしまうと話がつながらないので、「まぁ、しょうがない」と。

左が2016年公開の『『闇金ウシジマくん ザ・ファイナル』、右が2014年公開の『闇金ウシジマくん Part2』

後になってその違和感を思い出したんですよね。電話だったのかな? メアリーにその話をしました。僕はメアリーと一緒に「犀原茜」を作っていった立場として共有しておく必要があった。犀原はJPにハサミを投げる時に突き刺したりはしない。犀原は突き刺そうとしているのではなく、ハサミをただ相手に投げつけているだけ。あのシーンでいえば、偶然に突き刺さってしまった。「2人の中ではそういうことにしよう」と口裏を合わせました(笑)。

キャラクターはブレてはいけない。僕とメアリーにとっては、それを「覚書」にしておくことはとても大切なこと。『Season3』DVD-BOXのキャラクター紹介でもわざわざそのことを書いたくらいです(笑)。

――そのときは、まだ撮影が残っていたんですか?

いいえ、すべて終わっていました(笑)。これは仕事に対する説明できないこだわりみたいなものです。メアリーは「確かにそうですね」とすぐに分かってくれました(笑)。