米焼酎と聞くと、芋や麦よりクセがなく、飲みやすいという印象を持つ方が多いのではないだろうか。しかし、米焼酎のふるさと・熊本県人吉市の球磨(くま)地方には、飲みやすいだけでなく、まるで吟醸酒のような丁寧な製法と味わいにこだわる酒造会社がある。

今回訪れたのは、地元の人や海外の美食家たちから、ひそかに愛されている米焼酎の蔵元「繊月酒造」だ。全国的な知名度は低いかもしれないが、地元にファンが多い「繊月」や、ワインとスピリッツの国際的な品評会で最高金賞を受賞した「川辺」など、魅力的な銘柄を数多く擁している。

繊月酒造で人気の銘柄「繊月」と「川辺」

2016年1月からは、4代目となる堤純子社長が就任。前職・広告代理店での経験を踏まえ、女性ならではの視点で、PRや商品開発に力を入れているという。同社の戦略や焼酎づくりのこだわりを探った。

ニューヨークでも愛される米焼酎づくりのこだわり

繊月酒造の堤純子社長

創業113年を誇る繊月酒造。地元での知名度は高く、多くの人に親しまれてきたが、その名を世にとどろかせるきっかけとなったのは、品評会への出品だ。

2013年、アメリカで最も歴史ある蒸留酒の品評会「ロサンゼルス・インターナショナル・スピリッツ・コンペティション」で、米焼酎「川辺」が最高金賞(焼酎部門)を受賞。その後口コミが広がり、全国から問い合わせが相次いだ。現在では海外進出も果たしていて、ニューヨークだけでも40を超える店舗で「川辺」を提供している。

「川辺」はもともと、球磨地域に位置する「相良村」の地域限定焼酎として販売していたものなのだとか。これを全国ブランドとして売り出そうと尽力したのが、既に同社に入社していた堤純子社長だ。

「五木村、相良村を流れる川辺川は、国交省の調査で10年連続、"水質が最も良好な川"に選ばれています。その水と、その水で育った相良村産の食用米を使った焼酎なので、品質には絶対の自信があります」。吟醸酒のような、甘く華やかな香りが魅力の「川辺」を、多くの人に知ってもらいたいという思いから、パッケージもデザイン性の高いものにリニューアルし、人気を広げた。

一次もろみがかき回されている様子

「川辺」に限らず、同社は素材や酒づくりの技術にこだわりを持っている。現代では当たり前となっているが、1903年の創業時は、「杜氏集団」と呼ばれる専門家が各蔵を回り、焼酎の仕込みを行うことが通常だった。しかし繊月酒造ではその当時から、専属で杜氏を雇用し、代々技術を伝承している。

品質の高いもろみをつくるには、つくり手の経験が物を言う

中でも、麹に水と酵母を加えてつくる「一次もろみ」を仕込む作業には、その技術の高さが発揮される。もろみのなめらかさや、香りなどから、発酵具合を確かめ、温度管理をしたり、かき回したり……少しでも判断を誤ると、もろみはうまく育たない。

このあと、一次もろみに蒸した掛け米と仕込み水をさらに加えて発酵させ、「二次もろみ」をつくっていく。「球磨焼酎には全て、球磨川の伏流水を使っています。また米も、主に九州産の厳選した食用米を使用。米焼酎の原料は米・米麹のみなので、質の良いものを使うと、その分おいしく仕上がります」と堤社長。焼酎のおいしさもやはり、米と水、そして技術の質の高さが物を言うのだ。

まるでウイスキー!? 蒸留・貯蔵で変わる味わい

二次もろみがいい具合に発酵すると、次は蒸留器にもろみを移していく。一見単純な作業に見えるが、この作業が、焼酎の味わいを左右するという。カギとなるのは、蒸留器内の"気圧"だ。

独自に設計してつくった蒸留器

「気圧を下げると、100度より低い温度で沸騰します。すると、雑みを含まない原酒が抽出でき、香りがよくさわやかな焼酎になります。一方で気圧を操作せず蒸留すると、雑みが残されますが、原料の風味がよく引き出されます」。同社では、いろんな味わいの焼酎をつくるために、気圧が自由自在に調整できる蒸留器を独自に作ったのだとか。

実際に、気圧を操作せずつくった焼酎を飲んでみると、クセのある味わいで驚いた。「蒸留の仕方によって、味に幅を持たせることができるのが、米焼酎の魅力であり特徴」と堤社長はうれしそうに語る。

樽貯蔵の様子

さらに貯蔵の仕方によっても、酒質が大きく変わる。樽に貯蔵すれば、ウイスキーのように、甕に貯蔵すれば奥深く・個性ある香りと味わいに仕上がるのだ。同社は他社に先駆けて長期貯蔵を始めたため、40~50年ものの古酒も存在。数に限りがあり、現地でしか購入できないものも多いため、ファンが貴重そうに購入していくという。

現地で購入できる古酒など

米焼酎にも"いろいろある"と伝えたい

伝統を守りながら、米焼酎の認知度自体を上げていきたいと考える同社。日頃、焼酎をあまり飲まない消費者へのアピールも抜かりない。球磨焼酎をベースにつくった赤紫蘇のリキュール「恋しそう」の商品開発は、そのひとつだ。保存料・着色料を使用せず、度数を落として飲みやすくし、甘くさわやかな味わいに仕上げている。

つくられている米焼酎は30銘柄ほど

米焼酎を使ったリキュール

「男性の社員からは、焼酎の味がもっと出てもいいという意見も出たのですが、そのような男性目線を一切入れずに作りました。酒造会社には、酒好きの人しか集まっていないですからね(笑)」と堤社長。蔵元見学でおみやげに購入していく人が増えているという。

さらに本格焼酎は、糖質ゼロで低カロリー。蒸留酒と比べると二日酔いもしにくいと言われていて、ここにも商機を見いだしているのだとか。

「米焼酎にも"いろいろある"と伝えたい」。芋や麦と違い、全国的にはたくさんの銘柄が知られているわけではないが、その味わいや品質は驚くほどに多種多様。飲みやすいという特徴だけではなく、香りがよく、原料のいいものを使用した銘柄の味わいを、より多くの人に知ってもらいたいという。

蔵見学ではこんなにたくさんの銘柄を無料で試飲できる

女性社長の思いがつまった米焼酎。焼酎がつくられている蔵は年中無休で見学できるほか、試飲や限定品の購入も可能。足湯施設も備えている。米焼酎の魅力を体感しに、足を運んでみてはいかがだろうか。

繊月酒造の伝統を感じて

※記事中の情報は2016年10月取材時のもの

●information
繊月酒造
住所: 熊本県人吉市新町1番地
アクセス: 九州自動車道人吉インターチェンジから車で7分、くま川鉄道湯前線・人吉温泉駅から徒歩18分
蔵見学が可能な時間: 9~17時(最終受付16時半)
年中無休