研究者たちは、実際に迫っていることが明らかな脅威への対策にも取り組んでいる。その対象とは、30年以内に70%の確率で発生すると予測されている南海トラフ巨大地震だ。

熊本地震以降に続いた不気味な揺れ

南海トラフとは、東海から九州の沖合まで続く海底の深い溝のことを指す。この場所では、陸側のプレートの下に海側のプレートが沈み込んでいる。下側からじわじわ押されている陸側のプレートは、90年から150年に1度、一気に跳ね上がる。この跳ね上がりによる巨大なエネルギーで引き起こされるのが、南海トラフの巨大地震だ。

京都大学防災研究所の山下裕亮助教はその前兆をとらえようと、高感度の地震計で地下深くの動きを探っている。山下助教は熊本地震以降、地震計がごく小さな不気味な揺れをとらえ始めていることを懸念している。

その揺れの発生源は南海トラフの端にあたる日向灘で、熊本地震発生後、低いうなりのような揺れが2週間続いたという。解析したところ、4月14日の1回目の揺れで陸側のプレートがゆっくりずれ動き始めたことを確認。陸側と海側の2つのプレートの境目でごく小さな揺れが生じており、これが正体ではないかとみている。このゆっくりとプレートがずれ落ちる現象は「スロースリップ」と呼ばれ、このスロースリップが巨大地震の引き金となる可能性が指摘されている。

スロースリップと巨大地震の関係性が注目されたのは東日本大震災。地震後に回収した海底地震計で、1カ月以上前からスロースリップを表す小さな長い揺れが見られた。解析したところ、スロースリップは宮城県の沖合で起きており、そのすぐそばでM9の地震が起きたとのこと。

山下助教は、2012年から日向灘にも海底地震計を設置して監視を続けているが、このほど危険な"兆候"を見つけた。日向灘の南にスロースリップが繰り返しできているエリアがあるが、2015年に範囲が東側に大きく広がったことを確認。その先に南海トラフで想定される震源域があるため、このまま延伸していくのは危険だと感じている。

南海トラフ巨大地震による被害はすさまじく、マグニチュードは最大で9.1にもおよぶ。九州から東海で激しく揺れ、最大震度は7。東京でも高層ビルが揺れ、激しい揺れがおさまらないうちに津波が発生すると考えられている。また、死者は最悪で32万人以上に達し、文字通り未曽有の広域災害になる。

画面には、国の想定に基づくシミュレーション映像が流れたが、紀伊半島の南部には最短で地震発生から2分後に津波が到達しており、愛知県名古屋市も同様に膨大な水に飲みこまれていた。

スロースリップに備える巨大な観測網

このような災害が襲ってきたとき、いかに事前の準備をしておき減災につなげるのか。そのポイントとなるのが、巨大地震の予兆となるスロースリップの監視だ。

現在、南海トラフでは「スロースリップ観測網」の建設が進められている。プロジェクトの中核を担うのは海洋研究開発機構の荒木英一郎さんだ。荒木さんのチームは、南海トラフの海底に総延長800km以上におよぶ観測ケーブルを設置。「DONET(地震・津波観測監視システム)」と呼ばれるこの観測網を用いて、地震の"サイン"をとらえようとしている。

その仕組みはこうだ。まず、南海トラフの海底に深い縦穴を掘る。そこへ、内部に高精度の圧力センサーが搭載されている電柱のような装置を挿入。装置をDONETの海底ケーブルに接続させることで、スロースリップが起きた際の圧力の変化を監視するという仕組みだ。

既に圧力センサー搭載装置を海底に埋め込む作業も実施されており、地面の変化を知らせるデータが荒木さんの元に届いている。

「もっともっと観測を高いレベルでしていく。『今、(データは)こうなっていますよ』『だんだん変化していますよ』『地震が近づいていることはデーからいって間違いないですよ』というようなことが、情報として出していけるように研究していきたい」。