長きに渡り第一線で戦い続ける存在に、スター・プロレスラーがいる。プロ野球やサッカー選手に比べても彼らの選手寿命は長く、60歳定年の会社員と同じくらい長く活躍する人もいる。『生涯現役という生き方』(KADOKAWA刊)を共著で出版した武藤敬司、蝶野正洋もそうした存在だ。今も現役でトップの存在感を放つ2人は、プロレスというビジネスをどう生き抜いてきたのか?

撮影:菊池茂夫

まずは、1984年のデビュー以降、業界の老舗タイトルを総ナメし、現在は自らの新団体「WRESTLE-1」の社長に就任している武藤敬司の話を聞いてみた。

練習は真面目にやれ! でも人生は不真面目に生きろ!

みんなと同じように、俺も年を取る。21歳の時にプロレスの世界に入って32年。もう53歳になったよ。そんな俺が、ここに来て、若い奴らに言うことがある。それは、「練習は真面目にやれよ。でも、人生は不真面目に生きろ」ということだ。生活でも、仕事でも、同じなんじゃないかな? まずは本分を果たすのが大切。でも、自分の中に遊び心がなくちゃ、結局、他人の印象にも残らないと思うんだよ。プロレスの世界でも、真面目な奴は、真面目なプロレスしかできない。それだけでは、印象に残らないし、いつか忘れさられてしまう。

例えば、こんなことがあった。田舎の体育館で、試合をした時のこと。控え室が用意できずに、2階の一部分がカーテンで仕切られているだけってのがあったんだよ。貧相だよな。真面目な奴は、ただ、そこから出て行くことしか考えない。だけど、俺はメインで出番がきた時、そのカーテンをわざと大きく揺らして、そこからフワッとめくって登場してみた。その瞬間、観客は沸いたよ。カーテンだけのところに、華やかさを加味したんだ。ちょっと工夫しただけなんだけど。でも、俺の中に遊び心がなければ、できなかったことだろうね。他にも、たとえば、吹雪の夜の大会だったら、試合の後で、「悔しい!」ってばかりに、雪の中に飛び込むとかさ。新崎人生っていう修行僧スタイルの選手と戦った時は、彼が卒塔婆を持ち込んできたから、それを奪い取って、彼の額から出る血で、「死」と書いてやった。それなんて、本当に、その時点で閃いたことなんだ。

一番怖いものはマンネリ

若い頃は、自分の仕事や学業を、一生懸命やる方がいい。他でもない、俺自身がそうだったからね。本当に、リングの中のことしか考えてなかったよ。それしか見えない時があるんだ。でも、年を重ねるに連れて、見える領域が増えてくる。物事を全体として捉えることができるようになるんだ。それは、そのキャリアであなたが一段上がった証拠だし、そしたらそこで求められるのは、臨機応変なセンスだと思うよ。だって、プロレスの世界でもそうだけど、一番怖いのは、マンネリに陥ることだからね。やる方も、受け取る方も、刺激的ではない。毎日毎日同じことの繰り返しの人間関係。そんなのつまらないだろう? その時点で、お互いの成長が止まっちゃうというかさ、本当にもったいないと思うよ。

間違ってほしくないのは、頭は常に冷静でいること。遊び心とは、我を忘れることじゃない。落ち着いて楽しむ姿勢が大事だ。卒塔婆に〝死?という字を書いた時だって、俺がキレてたかというと、全然キレてないよ(笑)。狂気をコントロールできないとプロレスのトップには立てないからね。だから俺、プロレスの世界でキレたことはない。時に、周囲の想像の斜め上を行って、関係性を刺激して、より良いものにする。見方として、カーテンの話のように、「欠点も強みに変えて、知恵を絞る」、「物事を全体として見て、足りないものを考える」、そして何より、「自分が楽しむ」ことを挙げたいね。

こういう視点や考え方って、特に今の時代に必要なことだとも感じている。今って、情報があふれてるから、逆にどんな事象もマンネリ化してるような気がするんだよな。「何が起こってもサプライズじゃない」みたいなさ。だからこそ、遊び心自体を進化させることも、時によって、自分に銘じてる。それは、言うなれば。周囲の予想というか、「期待を裏切る」ということかな。

欠点を強みに変える方法

俺が新日本プロレスにいたころ、みんなも覚えていると思うけど、あの有名な、小川(直也)対橋本(真也)戦があった。その時、小川が橋本に喧嘩ファイトを仕掛けてさ、会場が騒然としたことがあった。しまいには、互いのセコンド同士が喧嘩をし始めてしまって……。まさにレスラー同士による、「大運動会」だったよ。俺はそのふたつ後のメインへの準備があったから、試合は観てないんだけど、客のざわめきが落ち着いていないのはわかった。だから、俺がそこで前の試合の勢いを超えるために、喧嘩モードのラフファイトを見せたかというと、そうはしなかった。正反対の試合を見せてやったんだよ。あえてオーソドックスなスタイルのプロレスを選んだんだ。序盤戦に静かなグラウンドの展開があって、徐々に攻防を激しくしていくというね。そしたら、ざわめきは収まって、お客がじーっと目を凝らしてくれているのがよく分かった。

仕事においてはさ、正面から争うより、そういうあまのじゃくな姿勢の方が得てしてうまく行くってことを強調したいね。別方向から攻めるというかさ。俺なんて、ヒザが悪くなって思うように動けなくなってからは、正直、ごまかし方を磨いていったからね。動けないから、見せ方を「動」から「静」に変えていったんだよ。良く言えばだけど(笑)。

必殺技のシャイニング・ウィザードを出す前にカメラマンがピントを合わせるようなポーズを取ってみるとか、自分のたたずまいとか表情で見せることを考えていった。タッグマッチでは、頻繁にパートナーを動かすようにしたね。全日本プロレス時代は、小島聡の活きがいいから、小島に動いてもらって、そのストーリーの中に俺も入っていくイメージ。パートナーを利用したんだ。あまのじゃくだろ?(笑)。

まさに先ほど言った、「欠点も強みに変える」、「物事を全体として見る」、「自分を楽しむ」ことだったよ。自分本位だけど、だからこそハマれば楽しいよな。

『生涯現役という生き方』(発売中 1,512円 KADOKAWA刊)

基本があってこその遊び

ただ、遊び心を持つためには、当然、テンパっててはできない。自分の中での〝余裕〟が必要だ。そのためにはどうするかと言うと、それは、やっぱり基本なんだよ。先ほど言った、「練習は真面目にやれよ」というのは、まさにそういう部分なんだ。いかに普段からやるべきことをしっかりやっているかが大事になる。 仕事の中身がちゃんとしてるからこそ、ちょっとしたヒネリが、周囲から見ての一層のスパイスに感じられるわけだからね。その順序を間違っちゃいけない。それに、基本さえしっかりしていれば、遊び心なりアドリブが滑った時に、すぐに正調に戻せる。結局、それも余裕につながるということだから。プロレスに限らないと思うけど、インディーズ団体や、世間でいえば、新興のベンチャー企業になるのかな? そういう人たちってのは、仕掛けるのはうまいんだと。ただそこに中身が伴わないと、ともすると「考えオチ」の世界で終わるようなことも多いと思うんだよ。

本物と呼ばれるような基本をマスターした上で、時には期待を裏切ってみせることが大事。仕立てのいいスーツと同じで、裏地がイカしてないと見ている側にすぐに見破られてしまうからね。そういう意味では、〝遊び心〟は、自分の成熟度合いを示す物差しかも知れないね。だからこそ、他人の心も掴めると思う。俺もまだまだ、リングからファンの心をつかんで行きたいね。

著者紹介 武藤 敬司(むとう けいじ)

1962年生まれ。山梨県富士吉田市出身。山梨県立富士河口湖高等学校卒業。高校卒業後は、東北柔道専門学校(現・学校法人東北柔専仙台接骨医療専門学校)に進学。柔道整復師の資格を取得するとともに、柔道で全日本ジュニア体重別選手権大会95kg以下級3位となる。21歳で新日本プロレス入門、1995年、第17代IWGPヘビー級王者となる。2002年、全日本プロレス入団、同年10月には社長に就任。2013年同団体を退団し、WRESTLE‐1を運営するGENスポーツエンターテインメント代表取締役社長となる。