JALはこのほど、JALグループで多様な人材の活躍を推進するプロジェクト「JALなでしこラボ」の研究発表会を開催。社員が課題解決のための研究成果を報告したほか、コンサルティング会社ワーク・ライフバランスの小室淑恵 代表取締役社長が「多様な人材が活躍できる会社にするために」をテーマに講演した。本記事では、その講演内容の一部を紹介する。

ワーク・ライフバランスの小室淑恵 代表取締役社長

残業ゼロ、有給消化率100%で、10年増収増益の理由

前職の資生堂で育児休業者の復帰支援プログラムを作り、その後退職。2006年、長男出産の3週間後に今の会社を起業したという小室さん。「起業当時から時間制約付き社長でした」と語る彼女も、当時は残業をせず早く帰宅することに苦しさを感じていたという。「他の社員が残業している中、帰宅するというのは肩身が狭い。肩身が狭いと仕事の意欲は落ちていく。自分は頼られていないし迷惑をかけていると感じるからだ。そして意欲が落ちれば成果も落ちていく」。

しかし、社員との関係性が難しくなったと感じていたある日、小室さんの右腕だった女性社員も妊娠。そのとき「私と彼女の問題にするのではなく、組織全体で対応するのが大事なのだ」と悟ったという。「社員は順番に結婚・出産していく。そのたびに私と同じように社員が意欲を落としていたら、会社の業績に明日はない」と小室さん。そこで打ち出したのが「全員残業禁止」という提案だった。

はじめは反発もあった。「長時間働くことでスキルを蓄積し、成長したい」という若手社員や、「帰宅してもやることがない」という社員の声も多かったという。しかし「与えられた時間内でどうしたら業務が終わるのか、やり方を考えることからが仕事だ」という決意の下、3カ月実行したところ、社員はあることに気づいたのだとか。

「取引先からの問い合わせに答えられず調べ物をしたら時間がかかった」「先輩ではすぐできる仕事も自分では3倍の時間が必要だった」など、時間内で仕事が終わらない大きな要因は、スキル不足や知識不足。もっと成長するためには労働の時間ではなく勉強の時間が必要だとわかったという。

「所定時間内で働き、ライフの時間を増やすことで、子育てや家事に加え自己研さんの時間がうまれる。早く帰宅し子どもと早く寝て、早朝に毎日勉強を重ねれば日々成長していくことができる」と小室さん。結果として社員全員が成長し続ける組織を作ることができたとのこと。その後は全員残業ゼロ、有給消化率100%で10年間ずっと増収増益を達成している。

経済発展しやすいルールは変わった

なぜこのようなことが可能になったのか。それは日本の人口構造の変化によって"経済発展しやすいルール"が変わったからなのだという。日本では1960年代~1990年代にかけて高齢者と子どもの数が少なく、働く世代の人口が多い「人口ボーナス期」が訪れていた。当時は、男性による労働、長時間労働、同じ条件の人による労働が経済発展にとって都合がよかったとのこと。重工業の比率が高く、早く安く大量に作ることが大切で、均一な物を大量に提供することが求められたからだ。

しかし今は、働く人よりも支えられる人が多くなる「人口オーナス期」に突入。この場合、労働力をフルに活用するため「男女共に働く」ことが求められ、時間あたりの費用を抑えるために「短時間労働」が推奨される。さらに市場には、均一なものでなく常に違う価値を短サイクルで提供する必要が出てくるため、「違う条件の人をそろえる」ことが重要になっているという。

職場復帰後、仕事へのモチベーションが下がる仕組み

それでは、この人口オーナス期に対応するためにはどうしたらいいのか。小室さんは多くの企業が抱える最も大きな課題として「長時間残業の恒常化」と「誤った"成果主義"の定義」をあげた。女性を採用し、育児休業や時短勤務などの制度を充実させても、この2点が課題として残っていると社員はマミートラックにのってしまうそうだ。

「仕事に対する思いが強ければ強いほど、育休明けで復帰してきた女性は以前と変わらない貢献をしようと効率的に働く。しかし、育休前と変わらない仕事量をやっていても、評価が落とされる」と小室さん。時間の制約がある社員は、イレギュラーの事態が発生した際、自分の担当業務を全てカバーしきれないことも多い。これが評価を下げることにつながってしまう傾向があるのだという。

しかし勤務時間が短いにも関わらず仕事量が変わらないということは、会社に提供する利益額は増えているはずだ。それが評価されないとなるとがんばることが苦しくなる。さらに周囲の残業が恒常化していれば、子育て社員は肩身の狭い思いをすることになる。イライラが子どもに向いてしまい、そのことが罪悪感につながると「自分が仕事で評価されたいと思うことがいけないのだ」と子どものために仕事のモチベーションを下げてしまうという。

小室さんは「"期間あたり生産性"ではなく"時間あたり生産性"に評価軸を変えていくべきだ」と主張。長時間労働の是正、評価基準の是正が、この2つの課題の解決策となるようだ。

管理職が逆ロールモデルになっている

それでは自らが管理職となった場合、上記のことをどのように実践すればいいのか。小室さんによれば「ワークライフバランスが必要な人はどんどん増えるという前提で、職場全体の仕事のやり方を見直すという積極的な対応が必要」とのこと。現代では、子育てだけでなく親などの介護が必要な社員も増える。休業・時間制約のある社員が増える可能性に備えて重要なのは、「仕事の属人化の徹底排除」。「仕事を見える化、共有化している社員には高い評価を」と訴えた。

さらにその前提を共有した上で、ワークライフバランスが「企業の発展のための投資という"経営戦略"なのだと、管理職が正しく伝えること」も必要だという。子育て・介護など、どの社員でも起こりうるライフイベントに対応できる体制を整えるため、全ての社員に必要であることを、自分の口で話してほしいと語った。

また、ワークライフバランスを個別の社員のモチベーションを上げるための報酬として使っていくことも大切だ。例えば子どもが熱を出し、部下が早退しなければならなくなった際、「制度があるなら仕方ない」と送り出すよりも、「あなたに期待していて必要だから、キャリアを続けてほしいから制度を使ってほしい」と送り出せば、社員のキャリアに対するモチベーションは高まる。「制度以上に大事なのは、直属の上司がそれをどう運用するか」とのことだ。

そして最後に「管理職自身がワークライフバランスを実践し、自己研さんに励んでほしい」と訴えた。「若い社員は男女問わず、管理職になりたがらない。残業代がつかず、仕事の責任は重くなり、家庭が崩壊しているというイメージがあるからだ」。そのイメージを作ったのはこれまでの管理職であり、逆ロールモデルとなることで組織全体の意欲を停滞させていると警鐘を鳴らした。

朝・夜メールの活用を

小室さんはチームで働き方の改善を図る際、「朝・夜メール」の活用を勧めた。朝は15分単位で立てた仕事の予定、夜は実際に仕事がどのように進んだのか、予定通りに進まなかったとするとその理由は何なのかをそれぞれ部下が上司にメールするというものだ。これにより、部下・上司ともに働き方のクセや時間の使い方の特徴が把握でき、改善すべきヒントを見つけ出していくことができるそうだ。

そして「優先順位の誤り」「所要時間の予測違い」「人に任せられる業務があること」「みんなが悩んでいるポイントがあること」などがわかり、組織の改善にもつながるのだという。

「組織ごとに自分たちで課題をあぶりだし、自分たちで課題解決方法を決めていくことが大事」と小室さん。個人ではなくみんなの問題として、組織がいかに本気度を示せるか。そして管理職が現場でその機運を作り、いかに部下をマネジメントしていけるのかが試されているようだ。