今日、働く女性たちが抱える問題のひとつとして「マタハラ(マタニティーハラスメント)」は広く知られる言葉となった。しかし、「マタハラは女性だけの問題ではなく、日本の経済問題の根源になっていることを分かってほしい」とマタハラNet代表の小酒部さやかさんは言う。妊娠・出産や子育てで環境が変わる中、女性自身のみならず周囲の人も知っておくべき共通理解を、今日のマタハラの実態も含めて小酒部さんにうかがった。

マタハラNet代表の小酒部さやかさんは2014年7月、「私のような思いを他の女性にはさせたくない」という想いからマタハラNetを設立。誰もが安心して妊娠・出産・子育てをしながら働ける社会の実現を目指している

「妊娠したことは自業自得」という声も

マタハラNetの立ち上げには、小酒部さん自身のマタハラ体験が関係している。当時、小酒部さんはプロジェクトのメイン担当を任され、忙しいながらもやりがいを仕事に感じていたという。その中で妊娠が判明。メイン担当として業務に支障をきたすことを危惧し、会社には報告せずに残業勤務も続けていた中で稽留流産(けいりゅうりゅうざん、胎児が子宮の中で死亡した状態)となった。妊娠・流産の報告をした際、直属の上司に「あと2~3年は妊娠なんて考えなくていいんじゃないの? 」と言われたという。

「もう絶対、流産は嫌だ」という強い想いから、上司に業務の分担や共有を訴え続けたが状況は変わらず、2度目の妊娠が判明した際にはすぐに上司に報告したものの、会社からの理解は得られなかった。この時、小酒部さんは切迫流産(流産しかかっている状態)のため自宅安静を余儀なくされたが、上司から自宅で長時間に及ぶ退職強要をされたことが、自身が体験したマタハラの中で一番辛かったと話している。復帰してからも時短勤務やフレックスは認められず、通常勤務の中で2度目の稽留流産となった。

その後、メイン担当を降ろされ、退職の勧告をされたほか、「妊娠したら女性は家庭に」「妊娠は諦めろ」という人事部も含めた多方面からの声を突きつけられる中で退職届を出さざるをえなくなったという。「私のような思いを他の女性にはさせたくない」という想いから、2014年7月にマタハラNetを設立した。

設立から約2年の間には、およそ250件の被害相談が届けられているという。このほど届けられた被害相談では、入社3年で上司から「妊娠したことは自業自得」と言われて退職させられたというものもあるそうだ。相談の件数は増加傾向にあり、特に12月のボーナスの時期や3月の雇用契約更新の時期は相談が多いという。

相談は被害を受けた女性本人のほか、パートナーからということもある。一方、企業側から「時短勤務の人から夜勤ができないと相談を受け、『週何回ならできますか? 』と聞くのはマタハラになりますか? 」というような相談もあると小酒部さんは言う。また、「今後も、妊娠した人には辞めてもらう方針を変えるつもりはありません」という声も届くことがあるそうだ。

こうした現状を踏まえ、小酒部さんにマタハラの問題点や解決方法などをうかがった。

日本のマタハラは世界の非常識!?

―世界的に見て、「これは日本特有のマタハラだな」と実感されることはありますか?

そもそもの話をすると、「マタハラ」というのは日本独自の言葉です。そのため、その言葉を団体名に使うかどうか迷いました。英語では「プレグナンシーディスクリミネーション(pregnancy discrimination)」が使われていますが、プレグナンシーは「お腹が大きい状態の期間」を指す単語なんですね。ですが、日本の場合は妊娠する前から、そして、妊娠・出産して育休から復帰した後も、昇進・昇格とは縁遠い"マミートラック"に乗ってしまうという問題があります。プレグナンシーに収まらない広義的な言葉が必要だと思いました。マタニティーは元々、「母らしさ、母であること」という意味ですから。

欧米では、妊娠解雇は一昔前の問題という認識がある(写真はイメージ)

フランスなどで話を聞くと、「妊娠解雇というような問題は、おじいちゃん・おばあちゃんたちの時代のことだ」と言われることもありました。仮にマタハラによる解雇があれば、新聞の一面記事になるくらいありえないという認識です。一方、アメリカの制度はプレグナンシーの期間に収まる内容のように感じますが、アメリカは日本とは違って、制度はないけれど9割以上の女性が働いているという状況です。

日本は制度があっても使いにくいという状況で、第一子の妊娠を機に6割の女性が辞めています。韓国も少子化が問題にされているので、日本と同様に問題を抱えていると思いますが、マタハラにあたる共通語や概念はまだないようです。日本でマタハラが一般的になる前は、メディアでは「妊娠解雇」「育休切り」などという言葉が使われていましたが、今は全部総称してマタハラと言えるようになりましたよね。

また、育児休業給付制度として、未来の就労と給付金がセットになっているのは日本ならではだと思います。海外では労働経験があれば、その時点で働いていようがなかろうが、正社員・非正規に関わらず給付金をもらえる例もあります。

―マタハラはなぜ起こるのでしょうか?

マタハラの根っこにあるのは"長時間労働"と"性別役割分担の意識"だと主張しています。自分たちとしては良かれと思って、「妊娠したら辞めるべきだろう」と思っている人は男性上司の中に少なくないですし、もちろん、その中には女性上司もいます。また、家庭内マタハラもあります。旦那さんや義理の親や自分の親から、「子どもができたんだから辞めたら? 」というような声です。あと、女性自身も無理だなと思い、「仕事なんて大変すぎてできない」と未然に辞める人もいます。

自分の体験としても、切迫流産中に退職を強要されたのは辛かったですね。「せめて今はやめてほしい」と絶望しました。当時、職場で力になってくれる人は誰もいなかったです。あと、複数の上司からされたということも辛かったです。マタハラの特徴は、本来であればマタハラを防止する立場であるはずの経営層や人事が加害者になりうることです。そうなると、企業内の組織ぐるみでのことになってしまいます。ただでさえ妊娠中や乳飲み子がいるという一杯一杯の状況なので、マタハラをされても泣き寝入りになることがほとんどだと思います。

マタハラにはマタハラされやすい5つのパターンがあります。職場で初めて産休・育休を取得する人、勤続年数が短い人、2人以上お子さんがいる人、妊娠の症状が順調ではない人、非正規雇用の人です。第一子の妊娠で約6割の女性が辞めているのが現状ですが、復帰率で言うと、正社員で43.1%、派遣・パートではわずか4%と言われています(2005~2009年のデータ。出所: 国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査(夫婦調査)」)。