1日からついに運用が始まった「マイナンバー制度」。番号通知書の誤配や遅延の問題もあったが、最も気になるのは、「自分の情報が国に全て捕捉されてしまうのではないか」というある種の"怖さ"や"息苦しさ"だろう。特にその情報の中で国民の関心が高いと思われるのが、「預貯金の残高」や「会社に内緒にしている副業の収入」「税金」などお金の面でどれぐらいの範囲の情報が管理されるのかという点ではないだろうか。そこで、、相続診断協会代表理事を務める"お金の専門家"、税理士でもある小川実氏に、マイナンバーとお金の関係について聞いてみた。

小川氏は岐阜県出身。成城大学経済学部経営学科卒業後、河合康夫税理士事務所勤務、インベストメント・バンク勤務を経て、平成10年3月税理士登録、個人事務所開業。平成14年4月税理士法人HOP設立、平成19年4月成城大学非常勤講師。平成23年12月から一般社団法人 相続診断協会を設立し、日本から"争族"を減らし、"笑顔相続"を増やす為相続診断士を通じて一般の人々への問題啓発を促している。

相続診断協会代表理事を務める"お金の専門家"、小川実氏(税理士)

今年1月1日以降に死亡した方の準確定申告を4カ月以内に

――本日は、小川さんがご専門の相続を含めて、マイナンバーとお金周りの関係がどうなるのかということについて、お聞きしたいと思います。マイナンバーと相続も含めたお金の関わりはどういう感じになるのでしょうか。

マイナンバーの運用は1日から始まりましたが、税金面との関わりで言えば、1月1日以降に死亡した方の準確定申告を4カ月以内に行わなければならず、その際、マイナンバーを付した申告書を提出しなければいけません。つまり、1月1日に亡くなった方の場合、5月1日に準確定申告の期日が来て、そこでマイナンバーを付した申告書を提出するというのが、税金面で一番最初のマイナンバーとの関わりということになります。

――1月1日に死亡した人からということですね。

1月1日に亡くなった方というのは、通常11月1日に相続税の申告をします。そこでも当然マイナンバーを記載しなければなりませんが、その前に準確定申告が来ます。11月1日に相続税の申告するときに亡くなった方のマイナンバーと、受け取る人のマイナンバーを記載します。

――最初は所得税で、次に相続税。そこにマイナンバーを付さなければいけないということですね。

マイナンバーを付すだけなので、そんなに大きな影響はないです。番号を書くだけですから。

平成30年から任意で銀行口座とマイナンバーが紐づけ

――もっと大きな関わりというのは何でしょうか。

平成30年から強制ではなくて任意ですが、銀行口座とマイナンバーが紐づけられます。また、平成28年からは、投資用の特定口座は強制でマイナンバーと紐づけられます。

――特定口座を今まで持っていた人は、証券会社にマイナンバーを教えなければいけないわけですね。ちょっと財産を捕捉された感が出てきますね。

また、平成27年分の所得税の確定申告のところに、今までは財産債務明細と言っていましたが、制度が変わって、財産債務調書制度が始まります。所得が2000万円超かつ財産の価格が3億円以上、これは今年の3月15日に出すときは、まだマイナンバーをつけないんですけど、来年の3月15日のときにはマイナンバーがついてきます。そういう意味では、今年はついてこないですが、来年亡くなると、こういったものからも相続財産が捕捉されます。

こうして、最初は緩やかにですが、徐々に皆さんの財産がマイナンバーで捕捉されていきます。平成28年から特定口座もマイナンバーとつながって、2年後ですけど平成30年から任意ですが銀行口座もマイナンバーとつながります。

今まで、個人の所得税の番号は、個人は確定申告したりしなかったり、住所が変わったりするので、実はつながっていなかったんです。税務当局の中ではつなげようとしていたと思うのですが。これが、マイナンバーによって、申告しない年があっても、あるいは北海道から沖縄に移った場合など、今まで違う番号で管理されていたりしたものが一つになるので、少しずつ、個人の財産が捕捉されていきます。確定申告をしていれば、所得が幾らあったという情報がどんどんたまっていくわけです。10年後、20年後に亡くなるかもしれない人の財産は、こういう感じで、徐々に捕捉されていくでしょうね。

国から見られている感の窮屈さも

――なるほど。いきなりではないですが、個人のお金の情報が、いろんな形で徐々に捕捉されていくわけですね。小川さんは、国は何を目的に、マイナンバーを導入したとお考えですか。

1つは行政の効率化があります。基礎年金番号がわからなくなったり、つながってなかったりという、いわゆる"消えた年金"問題もありましたよね。ああいう問題は行政が縦割りでつながってないがために起こったミスです。マイナンバーによってそういう問題はなくなるでしょうから、そういう意味での効率化はあると思います。それから、公平・公正な社会の実現という意味では、本当は所得があるけれども申告せずに生活保護をもらっている人もいるという話を聞きますね。そういう意味での不公平の是正。また、所得税の徴収漏れも多少減るのだろうということがあります。

――税理士という小川さんの立場から見て、マイナンバーは使い勝手がいいものになりそうな感じはしますか?

効率化という面では使いやすいです。ただ国から見られている感の窮屈さは国民に出てくると思います。

――確かにそうですね。財産が捕捉されてしまうからですね。今までは緩やかな部分があったということでしょうか。

社会全体に緩やかな部分があったんですけれど、そういう部分はだんだんなくなってきますよね。いいか悪いかはわからないですけれども。

――税理士さんの業務として、かなり面倒くさくなるとか、効率化ということで考えるとやりやすくなるということはありますか。

企業が従業員のマイナンバーを集めていますが、現実的ではない取扱いの規定になっている部分があります。つまり、マイナンバーを預かるとそれを鍵をかけたところに入れて、作業をするときはほかの人とは別のところでやって、マイナンバーを預かった、利用したということを全部記録に残さなければいけない、というようなものです。これを今の中小企業の方がすべてできるかというと、かなり難しい部分もあって、そういう意味では我々はそれを代わってやってさしあげましょうということを出していますけれども、それに見合ったフィーをいただけるかというとなかなか難しいですね。

――新しいマイナンバービジネスを始められる会社もありますね。

私どもも、マイナンバーをクラウド上でお預かりし、取得・利用経緯も記録できる独自のシステムを開発して、いつでもそれを管理できるし、それをお客さんに貸してお客さんにもやってもらうということを始めているのですが、かなり大変です。

企業が支払う経費に関しては、マイナンバーの記載が必要になる!?

――企業にとっても、捕捉された感があって窮屈だなと思われている感はありますか。

ありますね。

――企業にとっては、煩雑さに加えて窮屈さを感じるということですね。

特に、社員がずっと勤めるような会社ならいいですが、たとえば短期で出入りがあるようなところは大変でしょうね。マイナンバーの管理をどうするとか。

――企業のお金周りでも、個人と同じような感じで、徐々に捕捉されやすくなるということはありますか。

最終的には、企業が支払う経費に関しては、マイナンバーが記載されている必要があるということにつながっていきますよね、恐らく。

――政府の「マイナンバーの提供を求められる主なケース(平成27年12月10日現在)」を見ると、契約先、例えばホステスさんへの報酬を払うにも、ホステスさんと契約している契約先がマイナンバーを収集しなければいけないとあります。

そうですね。その辺が今まで税がグレーなところでしたでしょうから。

マイナンバーの提供を求められる主なケース(平成27年12月10日現在)」

――これを見ると、かなり詳細にマイナンバーというのを、金融機関などいろんなところに出さなければいけないということが分かります。

すべてのお金を支払うときにマイナンバーがついてまわることになるんでしょうね。その都度なのか、年で最後まとめてなのか、あるいは取引を始めるときなのかわからないですけれども。

最終的には、所得税、法人税の必要経費としたい場合には、マイナンバーの○○さんにいくら払いましたというのがインボイスとしてないと経費にならなくなるかもしれませんね。

――領収書を出すときに、支払った先のマイナンバーも捕捉していなければいけないようになると。

当然、そうなるでしょうね。

いきなり税務署から隠し財産の分の相続税を払え、みたいなことは!?

――ところで、相続診断協会の代表理事である小川さんからみて、マイナンバーは相続にはどのような影響があるのでしょうか。

法人税の申告とか所得税の申告はある程度連続性があり、その人の傾向などがわかるのですが、相続は連続性がないんです。しかもその人の生涯の稼いだ分だけではなく、先祖代々からつながっているものもあり、一体その人が幾ら持っていたのかということは、すべて捕捉できるわけではありません。それが全部預金通帳に入っていたり、上場有価証券になっていればいいのですが、それこそタンス預金であったり、絵画であったり、美術品とか、そういう財産になっているのではつかめません。

しかし、2000万円の引き出しがあって、それがマイナンバーの○○さんという人に払われたとなると、それは美術品だなどということが何となくわかっていくでしょう。そういう今までは捕捉しようがなかったものがだんだんなくなって、隠し財産みたいなものを作るのはより難しくなっていくでしょうね。

――被相続人に隠し財産があって、相続人が被相続人のマイナンバーを把握してないと、相続人に対していきなり税務署から隠し財産の分の相続税を払えと言ってくる、みたいなことは可能性としてあるのでしょうか。

いきなりはないです。今までの税の執行のやり方を見ていると、国税庁はそんな強引なやり方はしません。国税庁は行政の中ではものすごく柔らかいほうなので、いきなりということはないです。呼び出しがあって、たとえば亡くなったお父様、お母様のこういう財産があるはずだけれども、相続税の申告が必要だと思うから、相談に来てくださいというやり方になると思います。

――今年から運用が始まったということで、被相続人である親のマイナンバーを相続人が知っておかなければいけないという場面って出てきそうですか。

たとえば、特定口座の残高証明書を依頼するときに、今だと謄本や戸籍を揃えてということになると思うのですが、それがたとえば、マイナンバーを被相続人と相続人が出せばいいというふうになる可能性があり、手間は省けるでしょうね。

――被相続人の資産がマイナンバーによって紐づいているみたいな、そんなイメージですか。

最終的には不動産の所有者が住所、氏名ではなく、マイナンバーが付されるようになる可能性もありますね。今は、税理士が亡くなった方が何を持っていたかということを一生懸命ヒアリングして探すんですけれども、それが全部マイナンバーが付されていると、亡くなった瞬間に各役所や各銀行からぽんぽんぽんと出てくる世の中になるかもしれないですね。

――そういう情報は、たとえばマイナンバーさえわかれば、税理士さんだったら簡単に提供してもらえるようになるものですか。

税理士としてなのか、相続人なのかわからないですけど。手続きはものすごく簡単になる可能性はあります。

――これから何年もかけて、徐々にそういう体制がとられていくということですね。

10年、20年かかってなるんじゃないでしょうか。入口としては、税金、労働保険、雇用保険ですよと言ってますけど、将来的にはありとあらゆる取引にマイナンバーがついてまわるんでしょうね。

医療機関や金融機関が悪用したら!?

――マイナンバーでは、よくセキュリティが問題にされます。たとえば、個人番号カードの管理の方法が難しいですね。財布を落としたら、同時に個人番号カードを落としたとなると、ちょっと怖いですね。すべて把握されるみたいな。

将来的にマイナンバーを医療にもつなげようとしていますよね。というのは、たとえば同じ病気にかかって、Aという診療所に行って治療をして薬をもらい、Bという診療所に行って薬をもらうと、結局それは同じ薬が2回出されていたり、薬の飲み合わせがあったりすると、現在は本人が言わない限りわかりません。ただ、それがマイナンバーと紐づけられると、薬の重複や飲み合わせが避けられるといういメリットがあるというわけです。一方、何が怖いかというと、それがわかるということは、その人の病歴がわかってしまうわけです。病歴が全部わかってしまうと、その人にとってとても怖い。

――怖いですね。ドクターが全部わかるわけですよね。

ということは、同じことが金融機関とか、いろんな場面で「二重になるのを防ぐ」という名目でその人の情報が取れるとすると、それはどこまで取れるのかなど、まだ不明確な部分が多いのです。

たとえば個人番号カードを落として拾われたということだと、そんなに影響がないかもしれなませんが、たとえば金融機関なり医療機関なりの悪意を持った人がそういうことをやる可能性もなくはないです。

また、自己破産をしたとすると、銀行の方はAさんではなく、マイナンバーの何番ということになります。あるいはカードで何回も払わないみたいなことがあると、信販会社もマイナンバーの何番ということで記録されるようになるかもしれません。

これからはいろんなところでマイナンバーが付されていく。効率化を求めるためにはその人の番号を一つにした方がいいのは決まっているんですね。ですが、それによる情報の漏えいは怖いと思います。

――マイナンバー○○になるという、そういうお話を聞くと、かなり近未来的な感じになるんだなと。

銀行に行って口座をつくろうというとき、マイナンバー○○さんで、この人はどこどこに口座があって、事故が1回あったとか、つなげようと思えばいくらでもつなげられるわけです。

――そうですね。1回クレジットの事故を起こしても、それがずっと残る可能性がありますね。

当然ありますし、ずっと進んでいけば犯罪歴につながっていく可能性もあります。

――確かに。お金の話を今日聞きに来たのですが、どうもお金だけの話では済まないですね。

二十歳の頃ちょっと万引きした、みたいなことでさえ、何十年もたって残っている可能性が出てきますよね。

――マイナンバー○○さんで管理される社会。我々はそういう社会の入口に立っている可能性があるということですね。本日はありがとうございました。