五百田達成『アラン先生と不幸な8人』(五百田達成/ワニブックス/2015年10月/1400円+税)

この世に生まれた以上、誰もが「幸せになりたい」と思っている。不幸な人生よりも幸福な人生のほうが絶対にいい。よほど特殊な事情でもない限り、自ら望んで「不幸になりたい」なんて考えている人はいないはずだ。幸せになることは、いつの時代でもほぼ人類普遍の願いと言ってよい。

ところが、ではどうすれば幸せになれるかと問われると、多くの人が「よくわからない」と感じるのではないだろうか。気の合う仲間に囲まれて暮らしたい、病気をせずにずっと健康でいたい、憧れの職業に就きたい、好きな異性と結婚したい、大金持ちになりたい――このように人間の願いは数多くあるが、ではこれらが叶えられれば確実に幸せになれるのかといえばそうでもないような気がする。「幸せ」というテーマは単純なようで実は結構奥が深い。

有名な哲学者も「幸せ」について昔からいろいろと考察・論究をしてきた。『幸福論』と名付けられた書物もいくつかある。そのなかでもヒルティ、アラン、ラッセルによってそれぞれ著された幸福論は、「三大幸福論」と呼ばれて有名である。

今回紹介する『アラン先生と不幸な8人』(五百田達成/ワニブックス/2015年10月/1400円+税)は、タイトルからもわかるようにアランの幸福論の系統に属すると言えるだろう。もっとも、本書はアランの幸福論の概説書ではない。アランの幸福論の勉強をするというよりも、純粋に「どうすれば幸せになれるか?」について、対話を通じて考えるのに適している。

不幸な運命にある7人との対話

本書は先生と生徒の対話という形で進んでいく。先生はフランス人哲学者アランを崇拝する、幸福マニアの亜蘭幸男(あらんさちお:通称アラン先生)。生徒は全部で8人おり、それぞれの生徒が様々な理由で自分を不幸だと考えている。対話は基本的に先生と生徒が一対一でひとつのテーマについて行い、全8章で構成される。

どの章のテーマも、僕たちの幸福に大きく関わる重要なものだ。たとえば第1章は人間関係、第2章はお金、第3章は仕事、第4章は恋愛といったものが対象になっており、いずれも人生を左右するテーマだと言える。多くの人が生きていく中で悩みを感じる問題の多くは、概ねこれら8章のテーマのいずれかにカテゴライズされるはずだ。そういう意味では、本書を読むことで自分の悩みとどう対峙していくべきかを知るきっかけを得られるかもしれない。

「幸せ」「不幸」の多くは捉え方の問題

本書を読んでいくと、そもそも「幸せ」であるとか「不幸」であるとか感じるのは、本人の捉え方が大きく寄与していることに気がつく。たとえば、多くの人がお金がたくさんある状態は幸せで、お金がない状態は不幸だと考えていると思う。もちろんこれはある程度は正しいと思うけど、完全に正しいとは言えない。100億円持っていたって自分を不幸だと思う人はいるし、逆に年収300万円でも自分のことを幸せだと思う人はいるだろう。結局のところ、今の生活をどう捉えるかが大切で、お金はあくまでサブ的なものだ。

また、これは別のテーマだが、仕事を選ぶという局面でも「大きな夢を叶えられる仕事を選ばなければならない」というような強迫観念の下で職探しをしていると、逆に辛くなる可能性がある。「オレはこの仕事をやるために生まれてきたんだ!」と胸を張って言えるだけの仕事に就けたらたしかに幸せなように思えるが、そういう仕事は普通そんなに簡単に見つからない。その状況を悲観して幸せになれないと嘆くより、今の自分の手の届く範囲の仕事でとりあえず「小さな夢」からコツコツはじめたほうが、幸せに感じる時間が増えるのではないだろうか。結局は、今の自分の状況をどう捉えるかにかかっている。

幸福を測る唯一のものさしは「自分がどう感じるか」

本書の最終章では、まさにこの捉え方の問題が正面から指摘されている。幸福を測るものさしは「今の自分がどう感じるか」のみである。自分の今の状況を肯定的に受け入れることができればそれだけで人は簡単に幸福になれる。

この部分を読んでいて、僕は昔誰かに教えてもらったカンボジアの話を思い出した。カンボジアでは、朝・昼・晩と三食ご飯が食べられた日は幸せな日だった、と考えるらしい。一方で、僕たち日本人はどうだろう。毎日三食ご飯を食べているのに、自分を不幸だと思っている人はきっとたくさんいるだろう。別に「途上国の人たちに比べれば日本人は幸せだ」というお説教をしたいわけではない。ただ、カンボジアの人たちのほうが幸せの捉え方が上手なのではないかと思うのだ。

とりあえず本書の対話を一通り読み「こういうふうに考えることもできるかもしれないなぁ」と頭の片隅にいれておくだけでも、困難にぶつかったときの心のあり方がだいぶ違うと思う。幸せになることを妨げる敵は、外ではなく内にいる。本書は、そんなある意味ではあたりまえだが、多くの人が忘れがちな事実を気づかせてくれる。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。