――原型を造るときは、やはり原作を細かくチェックされるのですか?

そうですね。仕事のお話をいただいたら、まず原作を読んだりアニメを見たりします。もともと知っているものもありますが、およそそれがキャラクターとの出会いになりますね。そこからキャラクターを好きになり、自分がそのキャラクターのどこに魅力を感じたのかをまとめていきます。ただ、自分自身の思い込みも入ってくるので、ブログやTwitterでファンの方の声を吸い上げて、暴走しそうになる自分を抑えていきます(笑)。一方で、自分が情熱を傾けることも必要です。バランスを取ることが大事ですね。今回の薬売りは放送当時に数回見た覚えがあったのですが、あらためてアニメ全話とコミックを見て引きこまれました。

――『薬売り』に対するファンの声はいかがですか?

おかげさまで好評のようです。アニメが終了してからかなりたったタイミングでの立体化ですが、今もたくさんのファンがいる作品ですからね。

スネ夫と鉄腕アトムの髪型は立体化が難しい

――ここからは原型師という仕事について聞かせてください。そもそも原型師にはどうすればなれるのでしょうか。

年に何度か大きなイベントがあるので、そこに個人ディーラーとして出展し作品を発表します。私の場合は2012年2月に開催された「ワンダーフェスティバル」にて何社か声をかけていただいたのがきっかけです。それまでは会社で働きながらアマチュアとして出展していました。他には原型を一般募集している会社もあるので、応募をして作品やポートフォリオなどを持ち込んでみてもいいかもしれません。

――職業柄、普段から「立体化するとどうなるだろう」という目線でものを見てしまうことはありますか?

ありますね。好きだから造ってみたいものもありますし、実際にその仕事がくるとテンションが上がります。逆に、これは難しいな……とか悩んだり(笑)。

――どういうものが「これは立体化するの難しいぞ」と感じるのですか?

よく言われているのはドラえもんのスネ夫ですね。あの髪型は難しいです……正解はどこなんだろう。あと、鉄腕アトムのとんがりも難しいですね。あれをそのまま造って回転させると、あれっ?ってことになりそうです(笑)。

――普段、インスピレーションはどういうところから得ていますか?

模型屋さんに行ったり、フィギュアの情報誌なんかも読みます。だけど、それ以外にも面白いものって転がっているんですよ。例えば、買い物で行った雑貨屋とかホームセンターでインスピレーションを得るものに出会うことが多いですね。そういうものは買って家に置いています。

かっこいいシワは、影のでき方がポイント

――先ほど、服のシワの話も出ましたが、人の服のシワが気になったりしますか?

なります(笑)。電車に乗っているとき、目の前にいる人のシワのでき方がかっこよくて気になったりします。

――かっこいいシワ!?

そういう時は生地感とか立ち方とかを覚えておいて、後から友人にできるだけ近い服装と立ち方をしてもらいます。それを写真に撮って資料にしたりします。

――ちなみに"かっこいいシワ"って、どんなシワですか……?

影のでき方がかっこいいシワですね。光が当たった部分と、影のバランスがかっこいいシワは良いシワだなと個人的に思います。

――な、なるほど。

服の素材にもよるのですが、少し大げさなポーズで立っているとかっこいいシワができやすいですよ。腰を入れて立ったり。

――言われてみると腰を入れて立つポーズはフィギュアにも多い気がしますね。他には原型師ならではの感覚はありますか? オブジェとかの裏が気になって仕方ない、とか……。

それもけっこう気になりますね(笑)。美術館の彫刻なんかは裏が気になって仕方ないです。正面からのベストショットは本で何度も見ますが、それ以外の角度は意外とないんですよ。美術館に行くと一つの作品をすごく長い時間かけて見るので、あまり人とは行けないんです。

――そんな悩みが……。

ちょっと前にイタリアのフィレンツェに行ったのですが、ダビデ像を正面以外から見て感動しましたね。着色されていないのに、陰影だけですばらしいのです。天才が造り、長い年月をかけて残る作品というのは、こういうものなんだろうなと実感しました。

――言われてみれば、ダビデ像は立体物の最高峰ですよね。

もちろん、彩色が加わることで助けられる部分も多いですし、色がついて相乗効果が生まれるわけですが、原型師としてはまず原型状態で完成度の高い作品を目指して勝負したいと思っています。

――最後に、原型師を目指す方へアドバイスをいただけますか。

造形について人にアドバイスできるほど、いまだ自分自身が突き詰められているとは思いませんが、強いて申し上げるとすれば、制作の際にイベントなどの確実な締切を設定することが大事だと思います。締切までに自分ができる限界まで突き詰めて発表し、発表後もそれで終わりにせず、反省点を見つけて改善していくことで、実力をつけていくことができます。恐れず、恥ずかしがらずに作品を人に見てもらうことも大事ですね。イベント会場には原型師やメーカーの方、フィギュア自体が好きな方などいろいろな人がいますからね。

――ありがとうございました!

「ARTFX J 薬売り」の商品価格は13,500円(税込)で、現在「コトブキヤオンラインショップ」にて予約受付中。商品の発売および発送は、2016年3月を予定している。なお、コトブキヤショップ(秋葉原館、大阪日本橋、オンラインショップ)限定特典として、TVアニメのキャラクターデザインを務めた橋本敬史氏による描き下ろしイラストを使用したA3色紙が用意されている。

■プロフィール
伊藤嘉紀(いとうよしのり)
新潟県出身、1982年生まれ32歳。
2012年より原型師として活動。代表作は「STREET FIGHTER III 3rd STRIKE Fighters Legendary 春麗」「GUILTY GEAR Xrd -SIGN- ソル=バッドガイ 通常版」「ARTFX J 李小狼」など。男性キャラ女性キャラを問わず、服・髪の質感までこだわった造形に定評がある。ディーラー「GEKOKUJYOU」の代表として「ワンダーフェスティバル」を中心にイベントに参加している。

(C)モノノ怪製作委員会