親知らずとは

口の奥にある親知らずが虫歯になると治療が困難だ

「智歯(ちし)」という言葉を聞いて、何のことを意味しているかわかる人は少ないはずだ。だが、「親知らず」という言葉ならば聞いたことがある人も多数いるだろう。本人や親が気づかないうちに、口の奥にひっそりと生えてくるこの歯には、実はさまざまな秘密が隠されている。

本稿では、M.I.H.O.矯正歯科クリニック院長の今村美穂医師の解説を基に、親知らずの特徴や生えていることのメリット・デメリットなどを紹介していこう。

正式な名称は第三大臼歯

親知らずは、大人の奥歯である大臼歯(だいきゅうし)の中で最も後ろに位置し、第三大臼歯が正式な名称。永久歯の中で最後に発育する点が特徴だ。通常、永久歯は15歳前後で生えそろうと言われているが、親知らずは10代後半から20代前半にかけて生えてくる。

一般的に、親知らずは上あごの左右2本と下あごの左右2本の計4本がある。ただ、中には親知らずの無い人や、必ずしも4本そろっていない人もいるなど、個人差がある。また、生え方も一定ではない。親知らずの生えてくる場所が不足していたり、もしくは萌出方向(生える方向)が通常と異なったりするという理由から、あごの骨の中に埋まった状態のものや傾きながら生えているものもみられる。

親知らずがもたらす疾病

親知らずを抜いたほうがよいのはどんな場合?

いびつな形で生えてくるケースが多いだけに、親知らずはさまざまな疾病を招くリスクもある。

例えば、「智歯周囲炎」(ちししゅういえん)と呼ばれる疾患は、親知らずの一部に歯茎がかぶったままの不潔な状態が長く続いた結果、歯茎の炎症が引き起こされて発症する。智歯周囲炎が周囲の軟組織やあごの骨にまで広がると、顔が腫れて「顔でか」に見られてしまったり、口が開きにくくなったりする可能性がある。

手前の歯と段差があるなどすると十分な歯磨きができないため、食べかすが残りやすくなり歯垢(しこう)も増える。その結果、虫歯や歯周病、さらには歯周病原菌が原因となる口臭などの「お口のトラブル」を招くことにもなりうる。

親知らずを抜いた方がよいケース

基本的には、日常生活に支障がなければ無理をして親知らずを取り除く必要はない。だが、場合によっては抜歯を検討した方がよい。今村医師は、「抜くタイミングは親知らずの状況次第です」と解説する。以下に抜歯を考えるタイミングについてまとめた。

■智歯周囲炎などによって、痛みを伴う

「歯茎がはれ、特に疲労したときに症状が発症するような場合は、一時的に投薬で症状を抑えることは可能です。ただ、数回繰り返して悪化するようならば、抜歯を考える時期です。そのまま放置すると炎症部分が拡大し、痛みなどの症状が悪化して抜歯も困難になります」。

■矯正治療後

「親知らずがあると、奥から前に生えてくる力がかかり、前歯の歯並びが悪くなるケースがあります。歯の矯正治療を終えた後、親知らずのせいでその矯正が後戻りしてしまうことを懸念されて、早期に抜歯するケースもあります。この場合、親知らずがレントゲンで確認される中学生頃から成人までを、矯正治療と並行して考慮します」。

■虫歯のリスクがある

「親知らずが生えてきた後、虫歯になっている可能性が高い場合は、抜歯を考慮していただくことがあります。親知らずは一番奥の歯で歯ブラシが届きにくく、丁寧に磨く必要があるため、虫歯になるリスクも高くなってしまいます。そして虫歯になると、治療器具が届きにくくてその後の手入れも困難です」。

近年は術後の腫れなどの症状を見越して、患者自身が適切な時期を考慮して入院。全身麻酔で抜歯をするというケースも増えているという。

他の奥歯のスペアになり、再生医療にも利用可能

さまざまな病気を引き起こす可能性があるため、何かと「悪者」のイメージが付きまとうものの、親知らずがもたらすメリットもあるのだ。

■親知らずは他の奥歯のスペアとなる

親知らずよりも手前にある大臼歯を、虫歯などのせいで抜かなければならなくなった場合、その部位に親知らずを移植できれば元通りかめる状態になる。

「万が一、永久歯の臼歯部を喪失した場合、その抜歯部位に親知らずを再植する治療方法があります。形態やその状況での条件をクリアする必要はありますが、隣在歯の歯牙を削って作成するブリッジやインプラントなどの代用法として再植という治療選択があります」(今村医師)。

■再生医療に利用できる可能性がある

歯科治療などで抜いた歯から採取できる歯髄(歯の神経)細胞は、乳歯・永久歯ともに極めて増殖力が高いという特徴がある。すなわち、短期間の培養で多くの細胞を得られるメリッ トがある。さらに、歯髄細胞は歯という強固な組織によって、紫外線などの外的刺激に保護されている。そのため、歯髄細胞はいつまでも若々しい状態で保存されているのだと考えられている。これらの条件から、歯髄細胞を用いて良質なiPS細胞を作れ、 将来の再生医療に利用できることが期待できるとされている。

「親知らず=抜いた方がよい」と固定観念を持っている人がいるなど、一般的に負の側面にスポットが当たりやすい親知らず。その一方で、使い方次第では、本人や人類にとって大きな恩恵をもたらしてくれる可能性を秘めているのも事実だ。

そのメリット・デメリットをきちんと知っておいたうえで、もしも抜歯をしたい場合は、専門の歯科医師に十分に相談してから決めるようにしよう。

写真と本文は関係ありません

記事監修: 今村美穂(いまむら みほ)

M.I.H.O.矯正歯科クリニック院長、MIHO歯科予防研究所 代表。日本歯科大学卒業、日本大学矯正科研修、DMACC大学(米アイオワ州)にて予防歯科プログラム作成のため渡米、研究を行う。1996年にDMACC大学卒業。日本矯正歯科学会認定医、日本成人矯正歯科学会認定医・専門医。研究内容は歯科予防・口腔機能と形態 及び顎関節を含む口腔顔面の機能障害。MOSセミナー(歯科矯正セミナー、MFT口腔筋機能療法セミナー)主宰。