トランス脂肪酸はマーガリンに含まれている

去る現地時間6月16日、アメリカの食品医薬品局(FDA)は、2018年よりマーガリンなどに含まれる「トランス脂肪酸」を含む油脂を使用禁止にすると発表しました。健康に気を遣っている人ならば、トランス脂肪酸という言葉を一度は耳にしたことがあるでしょう。

もしかしたら、中には「トランス脂肪酸はとんでもない猛毒で健康を破壊する化学物質だ! 」という認識の人もいるかもしれません。また、「アメリカの決定で日本はどうするのか!? 」「政府はこんな危険な化学物質を放置していていいのか! 」と思う人もいるかもしれません。

ただ、ちょっと待ってください。あなたが知っている知識は本当に正しいですか? うわさ話なのですか、それとも科学的根拠に基づいたものですか? 「科学的」といっても、一部の学者が大きな声で騒いでいるだけかもしれませんし、業界全体ではどう見られているのかはぱっと見ただけでは分かりませんよね。

特にトランス脂肪酸の話題は、「悪である」「悪ではない」などの偏った話になりがち。大半の人が「とちらを信じればいいんだ……」となっており、評価が難しいでしょう。そこで、可能な限り新しい知見を取り入れて、現在の状況を整理してみようと思います。もちろん、私の話も数ある判断基準のうちの一つとしていただければと思います。

アメリカとトランス脂肪酸

アメリカという国は資本主義の本国だけあって、衣・食・住にまつわる財閥系大企業が政治と結びついています。それゆえ、政策も企業寄りになるケースも少なくありません。アメリカの法案は、必ずしも世界的な研究や科学の標準をベースにしたものではない場合があるということです。

そんな中で、「トランス脂肪酸という物質をとにかく悪者にしてしまえばいい」という風潮がはびこりました。「アメリカのすべての健康問題の原因はトランス脂肪酸にあり」といわんばかりのキャンペーンをして、膨大な予算で研究を行い、トランス脂肪酸の危険性を訴えてきたわけです。

言うまでもなく、トランス脂肪酸を摂取しようがしまいが、過剰なカロリーオーバーの食生活をしていたら体を壊すわけです。どうも、それらの問題から目をそらすための「スケープゴート」にされている感はぬぐえません。

トランス脂肪酸を取り巻く科学的根拠

とはいえ、数々の研究の結果、トランス脂肪酸が健康には良くないだろうということはある程度明確に言えます。

確かに、トランス脂肪酸を多く含むラクトアイスや準チョコレート、クロワッサンなどを食べると、ニキビなどの吹き出物が出るという肌トラブルを体感している人も多いでしょう。ただ、心臓病や動脈硬化の原因がすべてトランス脂肪酸にあるかというと、いささか疑問符の付く論文が多いです。

例えば、米国看護師の追跡調査では、トランス脂肪酸の摂取が多いグループは、摂取していないグループに比べて心臓病による死亡リスクが1.6倍高かったです。ですが、ストレスや生活リズム、カロリー摂取量などの多くの他因子もふまえてみると、トランス脂肪酸摂取グループは1.2倍程度の危険度となり、統計的にはなんとも微妙な評価となっています。また、EUの大規模研究では、「トランス脂肪酸が心疾患の原因とは言いがたい」という見解を出しています。

正直なところ、明確に「こういった理由からトランス脂肪酸は100%危険である」と示しているデータはありません。全体的に「人体によくはなさそうだから、規制してもいいんじゃないか」という程度の評価であるというのは知っておくべきでしょう。

トランス脂肪酸は毒なのか

そもそも、なぜトランス脂肪酸は毒であると言われているのでしょうか。トランス脂肪酸は天然には存在しない化合物で、トランス脂肪酸を取り込んだ微生物グループは死滅するという試験結果もあります。ただ、それは毒性試験におけるごく初期段階のもので、それが人間などの大型生物においても有意に作用するなんて研究はどこを探してもありません。

実際のところ、トランス脂肪酸は別に自然界に存在しないわけではなく、動物性脂肪にも結構な量が含まれていることが最近明らかになっています。では動物性脂肪の使用をやめて、オリーブ油などの健康志向の油に全部切り替えるべきなのかというと、それはそれで暴論でしょう。

一例として、オリーブ油は大腸がんと有意な因果関係があると言われています。紅花や菜種油などと比較したラット試験では、オリーブオイルのみを与えた個体群は1.6倍も大腸がんになりやすかったというデータが得られました。仮に「死に至る病」を基準に考えたら、トランス脂肪酸を含んでいながらも死ぬことは少なそうなマーガリンの方が、オリーブ油より安全ですという評価になってしまいます。

つまり、「こういう理由だから▲▲はだめ、それゆえ全部●●にしなくちゃいけない」などということはありえません。「どの食品にも何らかのリスクはあり、少なくても多すぎてもよくない」という極めて当然の話に戻ってくるだけなのですが……。

一定のネガティブなエビデンス(科学的根拠)が出ているだけに、「トランス脂肪酸はプラスチック油! カビも全然生えない自然界では分解されない油!! 」などとセンセーショナルにうたっていることが、「トランス脂肪酸騒動」の真実なのかもしれません。

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筆者プロフィール: くられ

シリーズ累計15万部以上の『アリエナイ理科ノ教科書』(三才ブックス)の著者で、近著に発売3カ月で売り上げ6万部を突破した『薬局で買うべき薬、買ってはいけない薬 よく効く! 得する! 市販薬早わかりガイド』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。本連載に加え、食品関連の話題をギュっと詰め込んだ新作「本当にコワい? 食べものの正体 」(すばる舎)を10月15日に上梓。無料のメールマガジン「アリエナイ科学メルマ」も配信しており、好評を博している。