フィギュアスケーターは、最長で4分半にもわたる演技中に何を考えているのだろうか

フィギュアスケートのシニアの選手は、ショートプログラム(SP)では最大2分50秒、フリーでは女子は4分、男子は4分30秒の演技を行っています。演技中はもちろん集中はしていますが、結構長い時間のため、「何を考えて演技をしているのだろう」と思われる方もいらっしゃると思います。

選手それぞれ違いはありますが、今回は私の経験などを基に、「フィギュアスケーターが演技中に考えていること」を中心にお話します。

演技中の思考と演技の出来栄えの関係って?

私が現役選手だった頃、選手同士の普段の会話の中で、「試合中は何を考えている? 」と話題になったことがありました。「ミスしたジャンプのこと」「どこで呼吸を整えるか」などの声があり、中には「気付いたら終わっている」という意見も。

また、「観客席やジャッジの顔が見えているときは調子がよく、見えていないときは調子が悪い」と話す選手もいました。私も、ジャッジの顔が演技中に見えていたときは調子がよかったです。周囲の景色を考えられるだけの余裕があり、それだけ落ち着いて演技をしていたということなのかもしれません。

呼吸を整えるという人

演技中の思考とパフォーマンス精度の関連性について、もう少し詳しくみていきましょう。まずは、「どこで呼吸を整えようか」という考えからです。

SPでは必須要素が、フリーでは行う要素の最大数がルールで決められています。ただ単に要素を行うだけではなく、演技をしながら行わなければいけないため、どちらも競技時間内では休む間もないほどギリギリの状況となっています。

しかし息があがった状態では、100%の出来栄えで要素を行うことが難しいので、演技の中で呼吸を整えるポイントをあらかじめ決めておくケースが多いです。呼吸を整えるポイントは選手それぞれ変わってきますが、曲の変わり目や、要素と要素の間のつなぎの部分で行われている場合がほとんどです。

また、呼吸でリズムを取るケースも多く、ジャンプの助走の部分で呼吸を整える選手もいます。「普段の練習から呼吸を意識し、本番も同じように呼吸をすれば、練習と同じ意識で演技することができる」と言っていた選手もいましたが、余計なことを考えないようにあえて呼吸に目を向けていたのかもしれません。

ミスをしたジャンプのことを考えるという人

次に、「ミスしたジャンプのことを考える」という選手についてです。おそらく、このことを考えて演技している選手が、最も多いと思います。シニア・ジュニアの選手はもちろんですが、国内の大会ではノービス以下の選手も、ジャンプ・スピン・ステップの数が決められています。必須ジャンプが決められていたり、クラスによってはファーストジャンプ(演技で行うそれぞれの要素の1つ目のジャンプ)の重複が認められていないクラスもあったりします。

ルールが細かく決められている中でミスをしてしまった場合、選手の多くはリカバリーのことを考えます。「行うはずだったジャンプにコンビネーションをつけることができなかった」「トリプルの予定がダブルになってしまった」など、ミスの種類はたくさんあります。普段の練習から、ミスを犯したときを想定して練習をしていれば落ち着いて対応することもできますが、予想外のミスをしてしまったことで、動揺してしまうケースも少なくはありません。

ミスを想定した練習方法

ではここでミスを想定した練習方法を、シニアの選手の場合でいくつかご紹介したいと思います。

SPでは、ジャンプコンビネーションを予定していても、ジャンプを付けられずに単発で終わってしまうというミスが多いです。しかし、予定しているもう一つのジャンプにコンビネーションをつけることができれば、見ている側には分からないミスなのでリカバリーできます。曲掛け練習で意識することや、曲掛けが行えない場合でも、2つのジャンプ間のつなぎを続けることなどがリカバリー練習に相当します。

またジャンプコンビネーションを試み、ファーストジャンプがダブルになってしまうミスもよく目にします。シニア選手は「トリプルを含んだコンビネーション」を行わなければいけないため、この場合はセカンドジャンプをトリプルにしなくてはいけません。これも普段の曲掛け練習で意識できますが、普段のジャンプ練習だけでも冷静に対応できる場合もあります。

緻密なプランと毎日の練習での意識付けの融合

フリーでは、ダブル以上のジャンプに回数制限があるため、あらゆる想定が必要です。よくあるミスは、ジャンプコンビネーションの回数や予定していたジャンプの回転数が足りなかったことによる、ジャンプの跳びすぎです。

予定と違った演技をしてしまった場合、きちんと記憶しておくことも大切ですが、動揺して数が分からなくなってしまう場合もあります。そして、跳びすぎてしまった場合はエレメンツとして見なされず、基礎点が全く入らないため、大きな減点につながります。

そのため、跳びすぎないようにジャンプコンビネーションを同じものにしない工夫をしたり、ジャンプ構成のパターンをいくつか考え、ミス時のパターンをあらかじめ決めたりするなど、事前にさまざまなシミュレートをしている選手が私の周囲には多いように思えます。これらの緻密な「大減点回避プラン作成」と、それに基づく毎日の曲掛け練習などでの意識付けが、本番で生きてくるのです。

今回お伝えしたことで、「こんなにもたくさん考えながら演技をしていたのか」と驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。ですが、短い競技時間での演技で何よりも大事なことは、「考えていることが音楽表現の妨げにならないよう、表情やしぐさに出ないこと」です。

「演技を見ている限りでは何も読み取れないけれど、もしかしたらこんなことを考えているのかも……」と想像しながらフィギュアスケート観戦をすると、新たな楽しみ方が発見できるかもしれませんね。

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筆者プロフィール: 澤田亜紀(さわだ あき)

1988年10月7日、大阪府大阪市生まれ。関西大学文学部卒業。5歳でスケートを始め、ジュニアGP大会では、優勝1回を含め、6度表彰台に立った。また2004年の全日本選手権4位、2007年の四大陸選手権4位という成績を残している。2011年に現役を引退し、現在は母校・関西大学を拠点に、コーチとして活動している。