慣れ親しんだ「赤い悪魔」から新天地のベルマーレへと移ったベテラン・坪井慶介が、今なお成長し続けられている理由に迫る

13年間も在籍した浦和レッズから、湘南ベルマーレへ完全移籍した元日本代表DF坪井慶介。「まだまだ成長できる」と檄(げき)を飛ばすチョウ・キジェ監督の直球勝負を真正面から受け止めながら、チーム最年長の35歳は充実した日々のなかで再び輝きを放っている。

勝利後のロッカールームに響いた指揮官の怒声

勝利の余韻に浸るはずの試合後のロッカールームに、怒気を帯びた声が響き渡る。

「お前ら、もう一度J2で戦いたいのか」。

ホームに松本山雅FCを迎えた、5月20日のナビスコカップ予選リーグ第4戦。MF武田英二郎、FW山田直輝がともに移籍後初ゴールを決めて白星を手繰り寄せ、グループAの2位に浮上したベルマーレだったが、チョウ監督は納得していなかった。

前半7分に先制しながら、相手を意気消沈させる2点目を続けて奪えなかった拙攻。不用意なバックパスを相手にカットされて同点とされた後半11分の拙守。その後も相手に主導権を握られ続けたゲーム運び。勝ったからといって喜んでいては、さらなる成長は望めない。

「今年からネクストステップに入っている彼らにとって、リーグ戦からメンバーが代わっている、あるいは試合にあまり出ていないといったことはどうでもいい。勝ったことは非常にうれしいけど、内容的にはほめられたものではないし、僕のなかでさらに危機感が出た」。

速射砲のように浴びせられる厳しい言葉の洪水。ゲームキャプテンを任されていた坪井は「もっとできたことがある」と反省しながら、指揮官から発せられる真っ赤な情熱と深い愛情を必死に受け止めていた。

新天地で選んだ背番号「20」に込められた決意

13年間も在籍したレッズから、昨シーズン限りで契約を更新しない旨を告げられた。いわゆる戦力外通告に「自分はまだまだプレーできる」と現役続行を決意したところへ、電光石火で届いたのがベルマーレからのオファーだった。

2シーズンぶりにJ1の戦いに挑むベルマーレは、トップリーグでの成功体験をもつベテランを探し求めていた。もっとも、レッズでJ1通算292試合に出場し、2006年シーズンにリーグ戦を、2007年シーズンにはACLを制した経験だけを評価されてのオファーだったら、坪井はおそらく即決はしなかったはずだ。

交渉のテーブルでチョウ監督の言葉に心を震わされたと、坪井が笑顔で振り返ったことがある。

「チョウさんから『ツボ(坪井)にとって、ウチはまだまだ成長できる場所だと思う』と言っていただいたんです。この年齢になって、まだそのように言っていただけることに感動を覚えました」。

新天地で選んだ背番号は「20」。福岡大学からレッズに加入した、ルーキーイヤーの2002年シーズンにつけていた背番号に、9月で36歳になる坪井の不退転の決意が凝縮されていた。

「ゼロから、本当に何もない状態からベルマーレのサッカー、チョウさんの考え方を吸収しようと思ってここにきました」。

いい意味で破壊された固定観念

シーズンへ向けて過酷な練習を積んできた過程で、指揮官は坪井をベテラン扱いしていない。開幕までの間で別メニューを命じたのは、足が痛そうなそぶりを見せていた1日だけだった。

2月に発表した初めての著書『指揮官の流儀 直球リーダー論』(角川学芸出版刊)で、チョウ監督は毎年のように出会いと別れが繰り返されるプロサッカーチームで「ある理想を追い求めている」と記している。

「所属した選手全員が成長したという実感をもって、そのシーズンを終えてほしい」。

レッズや通算40試合に出場して、ワールドカップ・ドイツ大会の大舞台にも立った日本代表で、坪井の主戦場は3バックの右だった。いつしか坪井自身が「自分の武器はスピードと1対1における強さ」と決めつけていたが、指揮官にいい意味で固定観念を破壊された。

全4戦で先発フル出場しているナビスコカップで、坪井は3バックの中央を任されている。積み重ねてきた濃密なキャリアは「ラインコントロールを司(つかさど)り、試合展開を読み取る上でも必ずプラスになる」とチョウ監督は信じて疑わなかった。

いまでは坪井本人が、自身に宿る新しい可能性を楽しんでいる。

「この年齢になってもハードな練習を積むことで、まだまだ伸びる部分があると証明していきたい」。

妥協を許さない指揮官との"殴り合い"の日々

坪井が移籍後で初先発を果たした、3月18日のヴァンフォーレ甲府とのナビスコカップ予選リーグ初戦。0対0で迎えたハーフタイムに、指揮官はホワイトボードにいきなりこう書きなぐった。

「How many sprints? 」

運動量が乏しく、躍動感にも欠けた前半を「何回全力でダッシュしたのか」と一刀両断した。松本山雅FC戦後もしかり。チームを成長させるために「結果」と「内容」という名の二兎を追求し、一切の妥協を許さない指揮官と真正面から向き合ってきた日々に、坪井は「もう殴り合いです」と目を細める。

もちろん"殴り合い"とは冗談で、それほどまでに熱く、真剣に、時には涙を流しながら本音をぶつけあってきた過程が、坪井にとっては新鮮でたまらないのだろう。松本山雅FC戦後にはこう語っている。

「僕も数多くの監督と一緒にやってきましたけど、そのなかでも選手として非常に信頼できるというか、自分にとって本当にプラスになる監督だと思っています。今日の失点シーンのときのような隙を見せない空気を作り出すことも、チームが勝っていく上で絶対に必要なことですよね。勝った試合から学べるものが必ずあるはずだし、僕たち選手は満足しないでやっていかないといけない」。

余談になるが、ヴァンフォーレ戦は後半26分に決まった、実に12年ぶりとなる坪井のゴールで勝利している。

若手に溶け込むために演じた「いじられキャラ」

現時点で30歳以上の日本人選手は、坪井の他には32歳のFW藤田祥史しかいない。髪を短く刈り込んだおなじみの頭をラッキーチャームとして触らせるなど、若い選手たちが"壁"を感じる前に、坪井は「いじられキャラ」を演じて自ら輪のなかへ溶け込んでいった。

「みんなすぐに気がついたんじゃないですか。『この人は大丈夫だ』と(笑)」。

ナビスコカップの予選リーグは残り2試合。敵地で5月27日に行われるアルビレックス新潟戦に勝てば、他会場の結果次第で決勝トーナメント進出が決まる。

リーグ戦で出場機会が少ない中堅や若手をプレーとメンタルの両面でけん引し、無敗をキープする原動力になっている坪井へ、チョウ監督は及第点と同時に注文を与えることも忘れない。

「ネクストステップとは、ピッチに立った上で勝利のために何ができるかということを、選手一人ひとりが共有できるかどうかにかかっている。それは18歳でも35歳でも変わらないし、その意味ではまだまだツボにも伸びてもらわないと」。

休む間もなく投げ込まれてくるど真ん中の直球を、坪井は成長への糧に変えている。

「ベテランとなると、なかなかないことなので。ありがたいですよね」。

日焼けした表情に浮かんだ笑顔が、新天地での充実感を物語っていた。

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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。