浦和レッズから期限付き移籍で湘南ベルマーレに加入した山田直輝は、新天地に何を求めたのか

18歳で日本代表に大抜擢(ばってき)されたのが2009年。将来を嘱望されたMF山田直輝はその後に繰り返されたけがとの戦いで、輝きを失いかけていた。浦和レッズから期限付き移籍で湘南ベルマーレに加入した今シーズン。24歳になった逸材は新天地に何を求めているのか。

想像を超えたベルマーレのハードトレーニング

山椒(さんしょう)は小粒でもぴりりと辛い――。体は小さくても気力が鋭く、才能や力量も優れていて、決して侮れないことをたとえることわざが誰よりも似合っていたJリーガーが、かつての輝きを取り戻しつつある。

168cm、66kgのサイズながらハードワークを身上とし、激しいフィジカルコンタクトも厭(いと)わない山田は、今シーズンから期限付き移籍したベルマーレでいい意味でのカルチャーショックを受けた。

「ベルマーレの噂はいろいろと聞いていましたけど……」。

噂とは、常日頃から尋常ではないハードトレーニングを積んでいるということ。サッカー界に身を置くなかで幾度となく耳にしてきた未確認情報は、抱いてきた想像の世界を超越するものだった。

「事前に聞いていた通りというか、想像よりもちょっときついですね(笑)。走る練習もハードだけど、ボールを使ったトレーニングでも監督が公式戦のような雰囲気を作って、味方同士でバチバチやっている。そういう環境に身を置きたいと思っていたので、自分のなかでは充実感というものをすごく感じています」。

本田圭佑の初ゴールをアシストしたA代表デビュー戦

ジュニアユースからレッズ一筋で育ち、2008年に2種登録選手としてトップチームでデビューを果たした山田は、サポーターから「浦和のハート」として愛されてきた。

ハードワークだけではない。敵陣で発揮する意外性に富んだアイデアと存在感は、日本代表の岡田武史元監督をも魅了。プロ1年目の2009年5月27日に行われたチリ代表との国際親善試合でA代表デビューし、本田圭佑(当時VVVフェンロー)の代表初ゴールをアシストした。

もっとも、時に激しすぎる闘志の代償として大けがを繰り返してきた。2010年は右の腓骨(ひこつ)を2度も骨折。2012年には左ひざの前十字じん帯を損傷して、目標としていたロンドンオリンピック出場を逃した。

けがの回数に反比例するように出場機会も減り、昨シーズンはわずか2試合、合計15分間に甘んじた。捲土(けんど)重来を期すためにも環境を変えたいと思っていたところへ届いたのが、ベルマーレからの期限付き移籍のオファーだった。

期限付き移籍に対するベルマーレの壮大な考え方

ベルマーレの練習のハードさと、レンタル移籍選手への温かなまなざしを物語るこんなエピソードがある。昨夏に期限付き移籍した横浜F・マリノスのホープであるMF熊谷アンドリューは、ベルマーレでの初練習を終えた後に苦笑いしながらこんな言葉を漏らしている。

「試合前日でセットプレーが中心でしたけど、ほとんど格闘技のような感じで……自分はこのチームでやっていけるのかと思いました」。

走ることを含めた運動量の少なさを自覚していた熊谷は、複数のオファーの中から自らすすんでベルマーレへの期限付き移籍を選んだ。一方でマリノスへオファーを出したベルマーレの田村雄三テクニカル・ディレクターから、こんな構想を聞いたことがある。

「あれだけの素晴らしい素質を持った選手がもっと走れるようになれば、本当にとてつもない存在になる。補強という意味もあったけれども、日本サッカー界に生きる者として、ウチでの経験から何かを得てほしいという期待感のほうが大きかったと思います」。

昨シーズンに最終ラインの中心として大活躍した丸山祐市は、FC東京での2年間で3試合に出場だけだった。期限付き移籍したベルマーレで潜在能力を開花させて、1年で古巣へ復帰した25歳へ、チョウ・キジェ監督は笑顔でエールを送る。

「(FC東京から)帰ってこいと言われることがうれしいですよね」。

戦力面では確かに痛手となったが、それ以上にベルマーレで丸山が自らの価値を上げたことが指揮官の表情を綻(ほころ)ばせる。

伸び悩んできた逸材を代表へ復帰させるために

山田に対しても、熊谷や丸山と同じ考え方が当てはまる。チョウ監督は「もう一度、日本代表に復帰させたい」とけがの影響もあって伸び悩んできた逸材の背中を力強く押す。

「公式戦から長く離れていたことで試合勘や、試合のなかで途切れなくプレーをしていく習慣といったものを、年間を通して持てていない。まずはそれを戻させたい」。

もちろん、無条件でレギュラーを約束するわけではない。主戦場は3トップの右。昨シーズンに14ゴールをあげ、サガン鳥栖からの期限付き移籍を1年延長した岡田翔平、左利きのテクニシャン大竹洋平とのポジション争いを、山田は笑顔で歓迎する。

「自分のよさは前線で変化を入れられるところ。そこで勝負しながら、練習でもやっているボランチもできると示していけば自分のプレーの幅も広がると思う。湘南のスタイルに早くなじんで、チームとともに確実に成長してベルマーレの力になりたい」。

心身の「錆び」を落とした後に輝く光

3月7日の開幕戦で古巣のレッズと対戦する。期限付き移籍では所属していたチームとの公式戦には出場しないケースが多いが、山田の契約にはそうした条項が盛り込まれていない。

開幕戦への意気込みを尋ねられた山田は「私情が入ってしまう難しい質問ですね」と苦笑いしながら、ベルマーレの一員として全力を尽くすと誓っている。

「スタートからダッシュしないといけないし、そのための1勝になることを僕は願っている。J1に湘南の旋風を吹かせたい」。

ジュニアユース時代からレッズで黄金コンビを組んできたFW原口元気(現ヘルタ・ベルリン)は、ひとつ年上の山田を「みんなを輝かせてくれる特別な存在」と絶大な信頼を寄せていた。

いわば「究極の黒子」が、望んでいたハードトレーニングで心身の「錆び」をそぎ落とし、ピッチの上に確固たる居場所を築きあげ、山椒(さんしょう)の辛さの度合いを以前にも増してアップさせていくごとに、ベルマーレに新たな力が加わることになる。

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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。