世界に数ある世界遺産の中でも、誰でも自由に入浴できる"世界遺産の公衆浴場"はひとつしかない。トルコ? タイ?? いえいえ、実は和歌山県にあるのだ。それも、約1,800年前に発見されたという日本最古の温泉なんだとか。どんな温泉なのか、車を走らせて行ってみた。
熊野本宮大社の湯垢離場
その温泉は和歌山県田辺市にある「湯の峰温泉」。湯の峰温泉へは熊野本宮大社から車で15分程度で、公共交通機関を利用するならJR紀勢本線新宮駅からバスで約1時間というアクセスになる。細い山道の先に開けた温泉街は、旅館が14軒、飲食店・土産屋がともに3軒と、こぢんまりとした素朴な味わいがある。街の中心には湯の谷川が流れており、川からはもくもくと湯気が立ち上っている。
湯の峰温泉には2種類の公衆浴場があるが、世界遺産に登録されているのは「つぼ湯」の方。湯の峰温泉は熊野本宮大社の南西約2kmの山間にある湯垢離場(ゆごりば)で、薬師信仰の地でもあるという。参詣者の記録によると、12世紀初期には湯屋が置かれていたことが確認されている。
このつぼ湯は、湯の谷川の河原に建つかやぶき屋根の中にある。2~3人入るといっぱいになってしまうため、入浴は30分交代の予約制だ。つぼ湯の営業時間は6:00~21:30だが、筆者は観光客の多いゴールデンウィーク中だったこともあり、午後の予約は16:00ですでに予約がいっぱいに。「朝一で入浴を! 」と考えたところ、「5:00から並んでいる人もいますよ」ということだったので、その夜は早めに就寝することにした。
1日で7変化するにごり湯
翌朝、同じように5:00から並ぶ人もいるかと思い、それより10分程度早く起きて受付前に行くと、すでに並んでいる人が。タッチの差で一番風呂を明け渡してしまったが、6:00までの間にすでに10組程度並んでいたことを考えれば、早く起きたことはいい判断だったように思われる。特に混みあっていたこともあってか、この時は30分よりも早めの交代をお願いされた。
番台で番号札を受け取り、いよいよ世界遺産の湯である。天然岩をくりぬいて作られた湯船はつるつるで、さわり心地も気持ちがいい。ほのかに硫黄が香る湯は、1日で7色に変化するという。筆者が訪れた時はうっすらと青みがさしたにごり湯だったが、これがどんな風に変わるのか想像するのも楽しい。
湯は熱いため入るのには少々気合が必要だが、そばには加水用の蛇口があり、自由に温度を調整できる。「薄めすぎたな」と思っても足元からどんどん湯が湧いてくるので、しばらくするとじわりと熱い湯へ。つぼ湯そのものの風情と相まって、「日本最古の温泉」「世界遺産」というスペシャルな温泉はより一層神秘を感じられた。
なお、 つぼ湯の入湯料(770円)を払うと、隣接された「一般公衆浴場」(250円)か「くすり湯」(390円)のどちらか好きな方に無料で入ることができる。つぼ湯で風情と湯を楽しみ、くすり湯で身体を伸ばしてじっくり湯を楽しむ、という2度おいしい楽しみ方ができるのも魅力のひとつ。また、温泉水を購入することもできるので、ポリタンクの持参もオススメだ(10L=100円)。
手作り温泉玉子に熊野古道散策も
街の中心部には手すりで囲われた源泉自噴口があり、そこでは温泉玉子やゆで野菜を作る光景も。周辺の飲食店や土産屋で玉子などが売られているのはそのためだ。温泉玉子の目安は11~13分程度。源泉自噴口には常時、温泉玉子が出来上がるのを待っている人たちがいるので、「どちらからいらしたんですか? 」などと会話を楽しんでみるのもいいだろう。
また、この湯の峰温泉は全て未舗装路となった熊野古道「赤木越」の起点でもある。赤木越は船玉神社辺りに続く「赤木越分岐」までの5.9kmで、通常、熊野本宮大社を出発して赤木越を歩く、または、湯の峰温泉を出発して「中辺路」に合流し、小広峠に抜けるルートとなる。赤木越を5分程度歩いてみるだけでも、熊野の自然は十分感じられるはず。一歩ずつ踏みしめて、古の旅人たちの想いに馳せてみるのも楽しいひとときだ。
※記事中の情報・価格は2015年5月取材時のもの。価格は税込