サガン鳥栖の豊田陽平は、アギレジャパンのキーマンとなりうるか

4年後のワールドカップ・ロシア大会を目指す新生日本代表が今月下旬に発表される。新監督に就任するハビエル・アギレ氏がFWに求める3カ条を満たす豊田陽平は、指揮官解任の激震に見舞われた首位サガン鳥栖をハードワークで支えながら吉報を待つ。

日本代表のアギレ新監督が好むFW像

次期日本代表監督就任で合意に達したアギレ氏は8月11日に来日し、都内で記者会見を開く。スタジアムでの観戦に加えて録画映像を取り寄せることも希望するなど、来日早々から可能な限りJリーグや天皇杯などの公式戦をチェックする意向を示している。

55歳のメキシコ人監督は、果たしてどのようなスタイルを掲げるのか。「堅守速攻に徹し、最終ラインは3バックとするプランも持っている」―といった具合に、合意が発表されてから約2週間で、海の向こう側からはアギレ氏に関するさまざまな報道が伝わってきた。

その中で注目に値するのが、コンビを組んで13年目を迎え、新生日本代表への入閣も決まったフィジカルコーチのフアン・イリバレン・モラス氏の証言だ。メキシコ代表を含めて5つのチームで行動をともにしてきたスペイン人の腹心は、アギレ氏が好むFW像についてこう言及している。

「FWには速さがあって、積極的で勇敢な選手を必要としている」

185cm、79kgの体躯(たいく)に搭載されたスピード、常にゴールを狙う貪欲さ、そして屈強な相手DFに決して臆(おく)さない戦う姿勢。現在の日本サッカー界において、3つの条件をハイレベルで満たしている一人として、真っ先に名前が浮かんでくるのがサガン鳥栖の豊田だ。

顔に刻まれたいくつもの勲章

豊田を間近で見ると、ハッと驚かされることがある。両方のまぶたや眉毛の上、額の中央部に生々しい傷跡が残っている。相手の激しい当たりに対して一歩も引くことなく体を張り続け、時には流血を厭(いと)わない肉弾戦を繰り広げてきた男の勲章だ。

アギレ氏の合意が発表されて以降、新生日本代表入りへの思いを尋ねる質問が必然的に増えた。選手である以上は誰でも、日の丸を背負ってプレーする自身の姿を思い描く。最後までワールドカップ・ブラジル大会の代表候補に残りながら、涙を飲んだ選手たちはなおさらだ。だが、豊田は代表入りに執着する姿勢を見せず、むしろ鳥栖のための自己犠牲を何よりも強調する。

「(4年後のロシア大会は)まだまだ先のこと過ぎて考えられないですし、それよりもチームのためにもっと走らなきゃいけないという思いがある。今年の前半戦のようにそこ(代表入り)が第一目標に近いポジションではないし、今はとにかくチームのために、体を酷使してでも戦い続けなければいけない」

ゴールは全身全霊のプレーへの対価

名古屋グランパスでスタートさせたプロサッカー人生は、決して順風満帆ではなかった。出場機会を求めてモンテディオ山形や京都サンガに戦いの場を求め、鳥栖への期限付き移籍中だった2011年に23ゴールをあげてJ2得点王を獲得。才能を開花させるともに、チーム史上初のJ1昇格に貢献した。

2012年に得点ランク2位となる19ゴール、昨年は同4位の20ゴールをマーク。今年も9ゴールで3年連続の2桁ゴールに王手をかけているが、豊田は「全身全霊のプレーの対価としてゴールがついてくる」という信条を絶対に崩さない。

「そこ(代表入り)へのアピールのために2桁を取りたいわけではない。2桁は自分がプロ生活を重ねていく上で大切なことですけど、まずはチームの信頼を得るために得点を奪い続けなければいけない。得点ばかりが先行し、意識が先走ると逆にチームメイトに不信感を抱かせてしまうので」

首位鳥栖を泥臭くけん引するサムライ

前出のイリバレン氏は「ゴッドハンド」の異名を持ち、選手の筋肉系の故障を未然に防ぐ卓越した理論と手腕で、アギレ氏のチーム作りを力強くサポートしてきた。今年5月まで2シーズン指揮したエスパニョールでは、1トップに指名した31歳の元スペイン代表FWセルヒオ・ガルシアがコンスタントにプレーしている。そうした軌跡を鑑みれば、新生日本代表にはベテランや中堅、若手といった年齢の垣根を越えて選手が選考されるだろう。

29歳の豊田にとっても、代表入りした際にはイリバレン氏は心強い存在となるはずだ。しかし、いま現在はJ1で首位に立ちながら8月7日付で尹晶煥監督が突然契約を解除されるなど、激震に見舞われている鳥栖での戦いに全神経を集中させる。

シーズンを折り返した時点で、豊田は原点への回帰を誓っている。

「そこ(上位)にいることが過信などにつながらないように、自分たちは常にチャレンジャー精神を持って戦わないといけない。個人的には点を取れるポジションにいることが自分の武器だと思っている。点を取れると思った場所にいたことをポジティブにとらえて、自分の中でさらに高めていきたい」

戦力的に決して恵まれているとは言えない鳥栖最大の武器は、愚直なまでのハードワーク。高温多湿の夏場でも衰えを知らない走力と体力の象徴が、全18試合で先発フル出場を続ける豊田となる。チームに動揺が走る状況だからこそ、その泥臭い背中は前へ進んでいくための羅針盤となる。

前線からの守備でも絶対に手を抜かないサムライの自己犠牲精神は、闘争心を重んじるアギレ氏の目にどのように映るのか。9月5日のウルグアイ代表戦(札幌ドーム)、同9日のベネズエラ代表戦(日産スタジアム)に臨む新生日本代表メンバーは、8月28日に発表される予定だ。

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筆者プロフィール : 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。