イラクで軍事衝突が激化している。イスラム教スンニ派の過激派組織が第2の都市モスルを制圧したのに続いて、首都バグダッドに向けて進攻している。これに対し、マリキ政権率いる政府軍は空爆などで反撃を本格化させているが、旗色はよくない。

なぜ今、イラクが内戦の危機に陥るのか? 背景には、イスラム教シーア派とスンニ派の宗派間の長い対立がある。イラク戦争終結後、2006年に処刑されたサダム=フセイン元大統領は、スンニ派アラブ人である。イラクは、フセイン政権が崩壊するまで、スンニ派が支配する国であった。人口の約6割を占め、多数派であるシーア派は、長くスンニ派の弾圧を受けてきた。

フセイン政権崩壊後は、シーア派主導で新政権が作られた。マリキ政権がシーア派による支配を強めつつある中で、スンニ派の不満が高まり、ついに内戦に至ったのである。

米国は、事態を憂慮し、何らかの介入を考えているが、単純にシーア派マリキ政権を擁護するわけにはいかない。なぜか。米国が制裁を続けるイランは、シーア派が支配する国だ。イランは既にマリキ政権を援助する方針を出しているが、米国はイランと同調行動をとるわけにいかない。

イランは、1979年まで親米路線のパーレビ王朝が支配する国であった。ところが、1979年2月にシーア派によるイラン革命が起こり、イスラム法学者ホメイニ師を指導者とするシーア派政権が誕生した。この時、シーア派革命の波及を恐れるムードが周辺国に広がる中で、1980年12月に、スンニ派のフセイン政権が支配するイラク軍が国境を越えてイランに進攻した。それが、1988年まで続き、勝敗なく終わったイラン=イラク戦争である。イラクでフセイン政権倒壊後にシーア派政権が誕生したことは、イランとイラクの関係改善に大いに寄与した。

現在、イラクでスンニ派反政府勢力が攻勢を強める中、イランはマリキ政権を援助する方針を明確に打ち出している。米国は、国ごとにシーア派を擁護したり、スンニ派を擁護したり、複雑な事情を抱えるので、シーア派とスンニ派のどちらかに明確に肩入れすることを、望まない。

ただ、事態は予断を許さない。イラク内戦が南部の油田地帯にまで拡大すると、イラクの原油生産・輸出に重大な影響が及ぶ。イラクの原油生産量は世界全体の3~4%あり、それがストップすると世界的に原油価格が高騰する原因となりかねない。さらに、日本が官民をあげて進めているイラク復興のためのインフラプロジェクトにも影響が及ぶ。早期の終結が見えないイラク情勢から、しばらく目が離せない。

執筆者プロフィール : 窪田 真之

楽天証券経済研究所 チーフ・ストラテジスト。日本証券アナリスト協会検定会員。米国CFA協会認定アナリスト。著書『超入門! 株式投資力トレーニング』(日本経済新聞出版社)など。1984年、慶應義塾大学経済学部卒業。日本株ファンドマネージャー歴25年。運用するファンドは、ベンチマークである東証株価指数を大幅に上回る運用実績を残し、敏腕ファンドマネージャーとして多くのメディア出演をこなしてきた。2014年2月から現職。長年のファンドマネージャーとしての実績を活かした企業分析やマーケット動向について、「3分でわかる! 今日の投資戦略」を毎営業日配信中。