江口万祐子先生 |
高齢者がかかる病気には、視力の低下を伴うものがある。しかし、視力が失われてからも人生は続く。その時のために、本人は、そして家族はどうすればいいのか―――視力が低下した人のための「ロービジョンケア」の専門家、江口万祐子先生に話をうかがった。
視力低下のリスクは誰にでもある
「ロービジョンケア」という言葉を初めて聞く人も多いのではないだろうか。「ロービジョン」は「低視覚」「低視機能」と訳される。
「病気やケガが原因で視機能が低下し、治療では回復に限界がある方へのサポートを行うのがロービジョンケアです。視力が失われてもその方は生活していかなければなりません。残された視機能をうまく使い、低下したQOL(生活の質)を少しでも元に戻すための、いわば眼科のリハビリテーションです」
江口先生によると、現在ロービジョンケアを受けている患者さんの中心は60~70代。日本に30万人といわれる視覚障害者が対象になる。視覚障害の原因として最も多い病気は「緑内障」だ。緑内障は40歳以上の20人に1人がかかる病気で、徐々に視野が欠けていき、放置すれば失明に至る。次に多いのは、糖尿病の進行とともに目の動脈硬化が進んで起こる「糖尿病網膜症」。さらに加齢によって起こる「加齢黄斑変性」や「白内障」もある。白内障は70歳以上では少なくとも84%がかかり、80代では100%。つまり、年をとれば誰にでも視力低下のリスクはある。病気を治療しても視力が十分に回復しない場合に相談に乗ってもらえるのが、眼科医の行うロービジョンケアだ。
「視力障害者の認定を受けていなくても、失明された方はもちろん、視力は1.0あっても眼が動かせない、視野が狭い、部分的に視野が欠ける、ものがだぶって見える、まぶしさを感じる…など視覚の問題で生活上不自由を感じている人は全てケアの対象です」
「ロービジョンケア」はどんなことをするのか
ロービジョンケアでは、患者さんが生活上困っていることを聞きだし、専門医が解決の道を一緒に考える。ロービジョンケア用品も充実しており、自分に合ったツールをアドバイスしてもらうことができる。例えば、まぶしさや視界が白っぽくなる人には「遮光眼鏡」。一見普通のメガネだが、サングラスとは異なり、見え方のコントラストをはっきりさせる効果がある。視力が弱い人に不可欠のルーペも、「昨今ではLED付が当たり前」(江口先生)。
左が遮光眼鏡。右は新聞などの字を大きく見せる拡大鏡(ルーペ) |
また、患者さんの必要に応じて、訓練が受けられる適切な施設の紹介も行う。
「歩行や日常生活に困っているのであれば、障害者専門のリハビリテーションセンターで点字や日常生活の訓練が受けられます。就業のためには、ハローワークに相談することもできますし、パソコンの技術を学ぶこともできます」
もともと江口先生がロービジョンケアの必要性を実感したのは、若き眼科医として大学病院に勤務していた研修医時代だった。
「網膜色素変性症の男性の患者さんが、白内障手術後に『見えるようにはなったけれど、視野が狭いのは変わらない。もう仕事をやめなければいけないと思う』とおっしゃったのです。仕事や学校など人生にかかわる悩みをぶつけられ、どうしよう!と思いました。当時は針灸師やあん摩、マッサージ師といった職業しか選択できませんでしたが、現在はパソコンなどのIT技術があれば在宅勤務も可能。企業の障害者雇用枠で就職し、ユニバーサルデザインの企画などに携わっている患者さんもいます」
一方、患者さんの心のケアも行う。患者さんは視力が戻らないつらさから、抑うつ症状が表れることもある。通常の眼科医療では、日常生活や仕事について医師と話す機会は少ないが、ロービジョンケアではじっくり話を聞いてもらえる。必要に応じて心療内科を紹介したり、悩みを話し合える患者会を紹介することもあるが、医師が話を聞くだけで安心する患者さんも多いという。
「ロービジョンケア」を受けるには
前述のように、60~70代の患者さんが多く訪れるというロービジョンケアだが、「もう少し若い年代にも必要なのではないか」と江口先生は考えている。
「緑内障や糖尿病網膜症、加齢黄斑変性などは、40~50代から症状が始まっています。眼科医は症状から視機能低下の見通しが立てられるので、早めに視覚障害者用のパソコンソフトの操作などを学べば、仕事を続けることもできる。完全に見えなくなってからではなく、手前でケアへの導きができればよいと思っています」
ロービジョンケアを受けるには、まず近くの眼科で視機能を調べ、ロービジョンに該当するかどうかを診断してもらうことが前提だ。身体障害者(視覚障害)手帳を持っているか、それに該当する人であれば、検査は保険で受けられる。ロービジョンケアを行っている眼科はまだあまり多くはないが、「日本ロービジョン学会」のホームページ(http://www.jslrr.org/)に地域別の医療機関リストが載っているので参考にしてほしい。
「ぜひ目の健康診断を受けるつもりで眼科クリニックに来て、自分の視力の状態を知ってほしいと思います。また、患者さん自身が自分の病状を把握することも必要です。視力が落ちていても『まだ見えているから』と考える人も多いのですが、『今のうちにできることがあるのでは?』という意識をもってほしいですね」
では、高齢の親をもつ家族に出来ることはないだろうか。
「家族の紹介でケアを受ける人も多いので、ぜひ1人でも多くの人にロービジョンケアを知っていただきたいですね。補助具など、少しでも見える方法があるということも伝えていただけたらと思います」
江口先生によれば、現在はロービジョンケアを知らないために、あきらめて自宅で引きこもってしまう患者さんが多いそうだ。情報の80%は目から入ると言われているが、見えなくなってからでは情報が入らない。視力低下はつらいことだが、早めにケアを受けることで、備えができるのではないだろうか。
なお、シニア以外に子どものロービジョンもある。多くは先天的な病気や発達に伴うによるものが多いが、最近、増えてきているのが発達障害による視覚の異常だ。
「発達障害の場合、視力はよいのに何らかの目の異常を訴える子がいます。教科書の紙面が反射するとまぶしがったり、字がかすんだり、ノートに書く字が斜めになる、横書きは読めるけれどたて読みはできない、読み飛ばしをしてしまうなど。そういうお子さんには補助具を使って困っている問題がうまくできるようサポートします」
小児科で他の病気がないことを確認の上、ロービジョンケアを受けてほしい。
目の健康と視力を守る
江口万祐子先生が院長を務める
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