出来心からオレオレ詐欺を働いた平凡な若者(亀梨和也)が巻き込まれていく非日常の世界と、その結末を描いた映画『俺俺』が公開中だ。「脱力系」と称される独自の世界観で独特の存在感を放ちつつも、本作ではややダークなテイストを発揮して新境地を開拓した三木聡監督に話を聞いた。

三木聡
1961年8月9日生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学文学部に在学中より放送作家として活躍。その後、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)、『笑う犬の冒険』(フジテレビ系)などの人気バラエティー番組を担当。2006年放送の連続ドラマ『時効警察』(テレビ朝日系)では脚本・演出を務めた。近年は、『転々』(2007年)、『インスタント沼』(2009年)など映画監督しても活躍している。
撮影:石井健

――ふとしたことから"俺"が増殖していくという不条理な状況を表現する上で、主役の亀梨和也さんの存在は非常に大きかったと思うのですが、いかがでしょう。

「そうですね。この映画の形態も含めて、彼の演技がどうなるかということが大きなポイントになることは間違いなかったです。ほぼ出ずっぱりだし、1カットに3人とか7人とかの"俺"が出てくるわけですから。ただ、なんとなくですが、彼の雰囲気を見て『面白くなるだろう』という予感はありました」

――それは具体的に言うと、どんな感じなのですか?

「一番最初に会って脚本に対する読解力を尋ねた時、この掌握の仕方なら問題はまったくないだろう、と思いました。それと会う前に……これはこっちの勝手な思い込みですけど、こういう映画なので、いわゆる普通の役者さん役者さんした人が構築する演技は、"今"のリアリティーにはハマらないだろうなと思っていたんです」

――トップアイドルとしてある意味「亀梨和也」という「自分」を演じている彼だからこそ、見事に作品世界にハマったと。

「まさにそうです。そこが今のリアリティーなんだろうなと思いました。たっぷり時間をかけて、俳優の人生とは、役の人生とは……という構築方法ではなく、シチュエーションに合わせて瞬時にキャラクターを切り替えていく、というリアリティーです。実際、彼の切り替えの早さのすごさを何度も現場で目の当たりにしました。撮影を担当した小松(高志)も"亀梨和也最強説"を唱えてました(笑)。きっと彼の中には切り替え方の方法論みたいなものをすでに持っているのでしょう。逆に言うと、それが出来ないとあのポジションには立てないと思いますね」

『俺俺』

――では、監督にとっての"いい役者"とは?

「まず、作品は役者の"やりきった感"を見せるものではない、ということ。自己表現や自己主張というものに対してどう自分をコントロールしていけるか、ということが僕の場合、大きいですね。そんなもの必要ないだろうと思っていますから。『人間ってそんなに一定じゃないだろう』と、脚本上、キャラクターの意味の分裂や、一貫性を破壊していくのが僕のやり方なんです。映画の中の人物なんてなおさらで、その場その場でいろいろなことに反応しながら人間って変わっていくはずだから、それを無理矢理ひとつの型に押し込めず分断するんです。ですから『この人こんなこと言わないんじゃないの?』と言われたらそこで終わってしまうんです(笑)」……続きを読む