毎日たくさんのメールは打つけれど、ふと気が付くとペンなどで文字を書かなくなっているはず。「手書き文字なんてアナログなこと、やってられないよ!」なんて思う人もいるかもしれませんが、ちょっと待って! 実は文字を書かないと脳が退化しちゃうってウワサもあるのです。

そこで、脳科学と教育について研究をしている、脳科学教育研究所所長・桑原清四郎先生にお話をうかがってきました。

指先を動かすことが大事

――桑原先生は「脳科学と教育」の専門家でいらっしゃるんですよね。

「もともと教師だったのですが、仲間たちと研究会などを立ち上げて、様々な尊敬できる教育者の方たちと出会いました。その中で、東宮侍従も勤められた故清水二郎先生より『脳科学に注目するといいですよ』とアドバイスを受けた経験を得たことから、やがて脳科学について研究するようになりました。

脳は考え、物事を記憶するだけではなく、感情や行動もコントロールします。ですから、脳の働きを知ることで、学習能力の向上や、様々な人間関係のトラブル・心の問題の解決にもつながり、教育の現場にとても役立ちます。実際、脳科学を現場に取り入れ成果もあげているんです」

――ところで、最近、物忘れがひどいのですが……。指先を動かすと脳にいいと聞きましたが本当ですか?

「指先だけではなく、身体を動かすことは脳にいい刺激になります。散歩をするだけでも違うんですよ。運動すると脳の血流が増えて、脳の細胞の機能を回復してくれたり、ニューロンの連結を促してくれたりするんです。

また、指先は脳と直結し、指先にピピッと刺激を与えると、脳も鋭く反応するんです」

どうして手書きがいいのか?

――パソコンやゲームなんかも指先を動かしていますよね。でも最近、すごく文字を忘れるんです。漢字を書こうと思っても、とっさに出てこないんです。加齢には勝てないということでしょうか?

「もちろん加齢により文字を忘れるということはありますが、脳の衰えはある程度は抑えられるんですよ。ところで、日ごろ、文字を手書きしていますか?」

――いえ、ほとんどパソコンかスマホです。

「パソコンは本当に便利ですよね。私も仕事のときはパソコンです。修正がしやすいので、原稿をまとめるのにちょうどいいです。

ただ、キーボードを打つと言う作業は単純なので、脳への刺激という点ではさほど役立ってはいないんです。ですから、キーボードを打つよりも手書きがいいんです。

文字を書いた方がいいというのは、脳科学を学んでいる者にとっては初歩中の初歩の話。脳の育成のためには、お子さんがいる家庭ではしっかりと文字を書かせるようにした方がいいんです。また大人の場合、脳の老化を遅らせるのに役に立つと言われているんですよ」

――キーボートを打つのと手書きの作業では、一体、何が違うのでしょうか?

「文字を書くときには、指先を繊細に動かすために、脳はとても集中します。脳の神経細胞・ニューロンは、標的細胞に向かって伸びるので、その集中がいいんですね。

これがパソコンやスマホ・携帯電話と大きく違うところです。パソコンのキーボードを打つときに、指先に繊細な命令を送ることはしないので、脳への刺激が少ないんです。

よく暗記するには『書くのが一番』と言われますが、それは本当なんです。だから、いつも文字を書いている人の方が、物忘れが少ないのです。

人の脳は便利さの中では成長しません。三角定規、コンパス、ノート、鉛筆……。そんなものを使うのが実は脳には一番いいんです」

日本語は脳をいい状態にする

――文字を書くことと脳の関係で、日本語ならではの長所ってありますか?

「日本語には漢字やひらがななど多くの種類の文字があり、そしてとても繊細です。ハネ、トメ、ハライ……。他者に美しく正しい文字であると認識してもらうためには、とても細かい技を必要とします。そのために指先を繊細に動かすことが必要となるんですが、それが脳にとってはよりよい状態と言えますね」

――日本語をきちんと丁寧に書くと言うことでは、書道がとてもいいということですね。

「もちろんそうです。書道をされる方は、高齢の方でもとてもしゃきっとしていらっしゃいます。小学校で書道の時間があるのも、とても意味のあることなんです。

とはいえ、日ごろみなさんが墨と筆を用意するのは大変かと思いますので、ちょっとしたメモの字を丁寧に書いたり、友人知人へのメッセージも、メールで済ませるのではなく、手書きの手紙やメモにするといいですよ。

文字を美しく書くと思考がスッキリとするので、心のモヤモヤを取り除いたり、仕事で迷ったときにもいいかと思います」

――最近は、家族や友人とのやりとりでさえ、すぐにメールで済ませてしまっていたので、これからは気を付けてみたいですね。

「話す、歩く、書く。そんな基本的な動作が、脳にとっては大切な栄養です。サプリメントを飲んだり、健康法に凝る前に、毎日の基本動作を見直してみてください。いつもより少し多く、手帳に丁寧な文字で書きこんでみるとかでもいいんですよ」

今日から自分の脳のために、1日1回以上は手書きにトライしてみよう!

桑原清四郎
1946年新潟県出身。脳科学教育研究所所長。長年、教員、小学校校長として埼玉県の教育に携わる。1973年に「武蔵野聖書学舎」を友人とともに創立。1975年「教育を考える会」を発足した際、東宮職も勤めた故清水二郎氏より「脳科学と人間形成」についてレクチャーを受け、脳科学に出会う。小学校校長を歴任した後、現在も教育への情熱を失わず、研究、講演、講話、執筆などの活動を精力的に行っている。
脳科学ブログ:教育への架け橋

(OFFICE-SANGA 平野智美)