入玉に全ての望みを託した塚田九段。しかしPuella αがその希望を打ち砕く

図8(125手目▲7七玉) Puella αが入玉目指した局面

ボンクラーズを使った研究では入玉する気配がまったくなかったというコンピュータ。しかしPuella αは塚田九段を嘲笑うかのように、すっと玉を上げて入玉を目指したのだ。

「塚田九段が研究に使ったボンクラーズ(故・米長永世棋聖に貸し出したもの)は入玉にまったく対応していません。しかし米長さんと対局した時点のボンクラーズとPuella αには簡単なものですが一応入玉に対応するプログラムが入っています」(開発者・伊藤氏)

なんとも厳しい現実である。塚田九段はボンクラーズの古いバージョンのソフトを手に入れて研究してしまったからこそ、この悲劇の罠に掛かってしまった。

図8の局面で、塚田九段の玉はまだ四段目にいるが、もう入玉は間違いない状況である。一方、Puella αの玉はまだ入玉には遠い。しかし、左辺上部の竜と2枚の馬の力が絶大で、入玉を止めることはまずできない。そして点数の見込みは、後手は7九の飛車を取ることはできるものの、それでもざっと計算して15点ほど。先手陣に残っている駒を相当にうまく取ったとしても、24点にはとても届かない状況だ。

「次に8六の銀を移動して▲8六玉とされたら、さすがに投了するしかないでしょう」と木村八段は言った。だが……。

「▲7七玉から入玉を目指されたときは心が折れました。でも……自分から投了はできなかった」(塚田九段)

終局直後のインタビューで塚田九段は言葉を詰まらせ、涙を見せた。それは、この絶望的な状況で何の希望もなく指し続けることに対して、プロ棋士として大きな葛藤と苦しみがあったことをうかがわせる。もしこの時、立会人が塚田九段に投了をうながしていたら勝負は終わっていたのかもしれない。しかし……絶望の淵に沈んだ塚田九段の勝負は、さらにここから果てしなく続いていく。

暗闇にさした一筋の光明。塚田九段、絶望の淵から復活。

全ての望みを絶たれたかにみえた塚田九段。だが、コンピュータ将棋に詳しい関係者の見方は異なっていた。

「Puella αは確かに入玉するプログラムは持っていた。しかし、点数勝負に対応するプログラムまで持っているかどうかはわからない。むしろ持っていない可能性のほうが高い」

まだ望みはあったのだ。そして一筋の光明が塚田九段の目にも見えだしたのが次の局面である。

図9(153手目▲1三歩) 入玉を確定したコンピュータは突如として「と金」を量産しはじめた

図はコンピュータが▲3四歩、続いて▲1三歩と持ち駒の歩を打った局面。この手は将棋に詳しい人ならほとんど意味がない無駄な手であることがわかる。先手も後手も入玉を確定し、あとは駒の取り合い、点数勝負になっている。ということは、先手が一番にやるべきことは、自陣にいる駒を1枚でも多く敵陣まで進め、相手に取られないようにすることである。だが、Puella αにはそのためのプログラムが組まれていなかった。

「完全に心が折れていたんですが、コンピュータがおかしな手を指し始めたので、もしかしたら……と」(塚田九段)

点数勝負を理解しないコンピュータは、歩を打って成るという手を繰り返し始めた。相手の玉を攻めることはできず、自分の玉を守る必要もない状況になると、コンピュータの計算上はそれが一番"いい手"になってしまうからだ。それでも冷静に見れば状況は相変わらず絶望的なのだが、復活した塚田九段の執念が奇跡を呼ぶ。

図10(176手目△8一金打) この手でついに大駒を入手。目標の24点まで残り数点に迫った

176手目にしてついに塚田九段は2枚目の大駒を取ることに成功した。この時点で点数の見込みは20点を超えて、24点の引き分けが現実味を帯びてきたのである。

では、なぜコンピュータは大駒を取られてしまったのかを解説する。図の△8一金打という手は、金2枚を相手の馬(取ると角に戻る)と交換する手だ。点数勝負においては、金2枚が2点、角は5点で3点得する計算。しかし、点数勝負ではない通常の将棋の損得勘定では、角1枚よりも金2枚のほうが価値が高いのである。だからコンピュータは馬を取られる手を避けなかったのだ。

さて、大駒を取ってからも、厳密にいうと後手は点数が足りていない。プロ同士が指せば先手必勝の局面である。しかし、点数勝負に対応していないコンピュータ相手に、残り数点を稼ぐことはプロにとって難しいことではなかった。

19:40、ついに塚田九段の点数が24点に達し、持将棋(引き分け)が成立した。

図11(230手目 終局図) Puella α30点、塚田九段24点で辛くも持将棋が成立

終局直後の様子

本局を冷静に振り返ってみれば、コンピュータの強さが際立った内容だったと言えよう。定跡形で堂々と勝負に応じ、プロが「絶対やってはいけない手」と言った手を指して有利になった。コンピュータ将棋をここまで強くした開発者には感服せざるを得ないし、この戦いでコンピュータ将棋は大きな勲章を得たとも言えるだろう。

一方でプロ側はどうか。この「電王戦」が社会現象とまで言われるほど注目を集めていることは、将棋界にとって大きなメリットがあるだろう。だが、実際に戦う棋士にとってのメリットはなんだろうか。勝って当たり前、負ければ叩かれる勝負である。団体戦ということで泥にまみれてまで仲間にタスキをつないだ塚田九段の執念は素晴らしかったが、本来個人戦であるプロ棋士にとって、そのことにどれほどの意味があるのか、という手厳しい意見もある。

しかし、ここまでの4戦を振り返ってみると、プロ同士の対局とは異なる次元の特別な印象が心に残っているのも事実。そのことが棋士や将棋ファンにとって何をもたらすのかは、正直なところまだわからない。だが、とにかく今は、この人間の英知を懸けた勝負を最後まで見守りたいと思う。

「第2回将棋電王戦」運命の最終戦、三浦弘行八段 VS GPS将棋の戦いは4月20日に行われる。三浦八段は将棋界のトッププロであり、GPS将棋は東京大学の800台近いコンピュータが結集するというモンスターマシンである。

第2回将棋電電王戦 観戦記
第1局 阿部光瑠四段 対 習甦 - 若き天才棋士が見せた"戦いの理想形"とコンピュータの悪手
第2局 佐藤慎一四段 対 Ponanza - 進化の壁を越えたコンピュータが歴史に新たな1ページを刻む
第3局 船江恒平五段 対 ツツカナ - 逆転に次ぐ逆転と「△6六銀」の謎
第4局 塚田泰明九段 対 Puella α - 泥にまみれた塚田九段が譲れなかったもの
第5局 三浦弘行八段 対 GPS将棋 - コンピュータは"生きた定跡"を創り出したか?
第3回将棋電王戦 観戦記
第1局 菅井竜也五段 対 習甦 - 菅井五段の誤算は"イメージと事実の差
第2局 佐藤紳哉六段 対 やねうら王 - 罠をかいくぐり最後に生き残ったのはどちらか
第3局 豊島将之七段 対 YSS - 人間が勝つ鍵はどこにあるか
第4局 森下卓九段 対 ツツカナ - 森下九段とツツカナが創り出したもの