加須のうどん店「つかさ」の肉味噌うどん(600円)

関東といえばそばのイメージが強いが、実は群馬の水沢、館林(たてばやし)、埼玉や東京西部の武蔵野うどんなど、うどん文化がしっかり根付いている地域でもあるのだ。埼玉県加須(かぞ)市もまたうどんが有名で、うどんで街おこしを行っている。そんな加須のうどんを食してみた。

利根川の豊富な水源が作り上げた一大うどん文化圏

「埼玉県北部から北関東にかけては、昔から土地が肥沃な一大穀倉地帯です。加須からほど近い群馬の館林などでは製粉業も盛んでした。原料となる小麦があるわけですから、関東でうどん作りが盛んだったとしても不思議ではありません。加須でも昔からうどんが好まれてきました。農家では自分の家で打って食べていたようです」。

こう話してくださったのは、「加須手打うどん会」の中村賢司会長。中村会長は、加須でうどん店「つかさ」を営んでいる。加須のうどんの歴史は、今から約200年前の江戸時代半ばまでさかのぼる。利根川の渡舟場や不動岡の総願寺門前で参拝客をもてなしたのが、加須のうどん屋の始まりだとされているのだ。

中村会長が店を構える「つかさ」は、ゆったりとした一軒家

加須は昭和初期から繊維業で栄え、紺色の木綿織物・青縞(あおじま)の集積地でもあった。町には市(いち)が建ち、全国から加須に織物を扱う業者が集まり盛況を極めたが、そこに集まる人をターゲットにしたうどん店も次々と登場。

市に訪れた忙しい人々にとって、つるっと喉ごしがよく素早く食べることができて、栄養価が高く腹もちもいいうどんは、さぞかし、ありがたい食べ物であったのだろう。そんな加須のうどん作りを支えたのが、利根川の豊富な水源。その水源を生かした農業用地の整備が古くから進でいたため、二毛作が可能だった。

何かあれば“うどんを食べに行こう”

二毛作では米の裏作として多くの小麦が生産されてきた。米の多くは年貢として取られてしまうが、小麦は手元に残る。そこで小麦を使って作られたツルツルシコシコのうどんは、庶民の貴重なごちそうとなる。冠婚葬祭を始め、物日には必ず各家庭でうどんが作られ、家族、近隣の人々とともにうどんを楽しむ習慣もあった。そうして今に伝わる“うどん文化”が育まれてきたのだ。

さすがに現在の今時の家庭では自分で打つことは少ないが、「言われてみると加須市民は何かあれば“うどんを食べに行こう”となることが多い気がしますね。うどんを食べるのは特別なことじゃなくて、当たり前のことみたいな」(中村会長)とのこと。

そんな風にうどんが親しまれてきた加須では、うどん・そばを置く店は「うどん屋」と言われる。東京下町や埼玉県南では「そば屋」と呼ぶことが多いので、同じ関東でも麺文化の違いを見ることができる。ちなみに現在、加須手打うどん会に所属している店は24店舗ある。

同じ加須うどんでも見た目も食べ方も違う

加須うどんは基本的に手作りがモットーで、手打ちならではのコシの強さとのど越しのよさを楽しめると言われている。また、手捏(ご)ね、足踏みと寝かせを通常の2倍程度行うのも特徴。そのため、加水率が高く食べ応え十分なのだ。

その味を確かめてみようと、まずは加須市にある「つかさ」を訪れた。座敷のあるゆったりとした造りの店だ。メニューを開いてみると、もりうどんが450円、肉うどん630円などメニューのバリエーションが多く、値段も財布にやさしい感じがうれしい。

「つかさ」は大きな看板ですぐに分かるはず。清潔感のある店内で立派な庭もある

ちょっと変わったところで、肉味噌うどん(600円)をオーダーしてみる。ゆで立てのうどんは透明感があり、見るからにおいしそう。すすってみると、強いコシがあり、つるっとなめらかな食感。粉の風味、甘みもたっぷりと感じることができる。特製の肉味噌と半熟玉子を混ぜながら食べれば、具がほどよくうどんに絡み、次々とはしが進む。

この肉味噌うどんというメニューは加須市の街おこしのために考案されたもので、平成22年には「第7回埼玉B級ご当地グルメ王座決定戦」で見事優勝。加須市内の他店でも食べることができ、肉味噌の味などそれぞれ個性があるので、食べ比べるのも面白い。

具だくさんのけんちん味噌うどん

次に訪れたのが「久下屋脩兵衛(くげやしゅうべえ)」。こちらも落ち着いた和風の店で広々としたスペースに、テーブル席24席と座敷席26席があり、ゆったりと食事が楽しめるようになっている。

ガラス越しに見える手打ち台では、地粉の「あやひかり」や「農林61号」をメインに国内産の粉を使い、熟練の職人がうどんを打っている。オーダーしたのは、野菜たっぷりのけんちん味噌うどん(840円)。うどんは香り、甘みがあり、もちもちとした食感。地場産のマイタケを使った天ぷらうどんや、ざるうどんもあるので、訪れるたびに違うメニューを頼みたくなりそう。

3軒目に訪れた「子亀」もテーブル席と座敷席があり、清潔感があって広め。ここでは、冷汁(570円)なるものをオーダー。冷汁と呼ばれる料理は日本各地にあり、埼玉県では大宮などの県北、県西、県央部の農村で食べられてきた郷土料理の一種。

いりごまや味噌などを冷たい水でのばしつけ汁に、冷たいうどんをくぐらせて食べるというもので、特に夏のパワー供給源として親しまれてきたようだ。店で供するようになったのは、この子亀が元祖と言われている。

子亀のうどんは水にも塩にもこだわり、昔ながらの製法で打っている。しこしこもちもちとした食感も、つるっとしたのどごしも存分に楽しめる。まったりとしたつけ汁は、太い麺に決して負けることがなく、最後までおいしく食べることができた。

つるっと食べたい冷汁

加須のうどん店を食べ歩いてみると分かるのは、各店に個性がありメニューも豊富であるということ。季節によっては限定メニューが登場することもある。これならば何度訪れても飽きがこない。長年、加須市民にうどんが愛されてきた理由がよく分かる。