これが噂の「旧伊勢神トンネル」。正確には「伊世賀美隧道」という

全国には閉鎖されないものの、使われなくなっているトンネルがいくつかある。こうしたトンネルはいつの間にか“心霊スポット”と称されてしまうこともあるのだが、中でも愛知県豊田市の山奥にあるトンネルは、“何か”を感じてしまう場所なんだとか……。名古屋人なら誰でも知っているというこのトンネル、勇気を出して体験してきた。

トンネルは通称、「旧伊勢神トンネル」と呼ばれている。現在は新しいトンネルも開通しており、両者を分けるために“旧”が付けられている。正確には「伊世賀美隧道(いせがみずいどう)」という呼び名だ。

地元では度胸試しの定番スポット

先に言っておくと、筆者に霊感はない。幽霊も前世も信じないクールな男だ。しかし、学生時代の肝試しでこのトンネルに連れてこられたことは何度かある。その肝試しの経験から断言しよう。この「旧伊勢神トンネル」は、率直に男でも怖さを感じてしまう場所である。

名古屋からは「猿投グリーンロード」を経由して国道153号線(飯田街道)を通り、香嵐渓(こうらんけい)で有名な足助(あすけ)を超えトンネルのある伊勢神峠に向かった。名古屋からは高速伝いに、約1時間半くらいだろうか。新・伊勢神トンネルの手前で左折して坂道を登る。

取材に訪れたのは2月。そのため、道路がところどころ雪で凍結していたので恐る恐るハンドルを握って進む。走ること1分足らずで旧伊勢神トンネルが姿を現す。そうそうここだ。見るからに鬱蒼(うっそう)とした暗がり。馬蹄(ばてい)型をした石造りのトンネルがぽっかりと口を開けている。

到着した途端、道路の凍結でタイヤが少しスリップ。クルマを一旦止め歩いてトンネルに近づいてみる。トンネルを形づくる花崗岩は、どれも黒っぽく苔(こけ)むしていて、雨上がりなのかじっとりとぬれている。枯れ草が左右から覆(お)いかぶさり、道路標識には暴走族の落書きがそのままになっている。たまたまそこに居合わせていたカラスの声も、静寂の中で響く演出のようでムード満点のおどろおどろしさ。

子供や女性の幽霊を見たという噂が……

この旧伊勢神トンネルは明治30年(1897)に竣工。なんと110年以上も前のトンネルなのである! 三河(愛知)と伊那谷(長野)を結ぶ飯田街道は、善光寺参りの人々や中馬(馬を使った物資輸送)でかつては賑(にぎ)わっていた。

中でも標高800メートルの伊勢神峠は、山越えの難所として有名だったらしく、当時はこのトンネルが開通したことで荷馬車の通行も可能となり、人々の物流はかなり便利になったようだ。しかし時代は変わった。自動車の大型化によりトンネルの相互通行は困難となり、昭和35年(1960)には50メートルほど下に、長さ1,200メートルの新しいトンネルが造られた。

こちらは新しく開通した「新伊勢神トンネル」だ

次第に旧トンネルは利用されなくなり、やがて人々の記憶からも消えていったのだ。そしていつの頃からか、忘れられた古いトンネルの周辺では、「女性の幽霊が出る」「子どもの霊を見た」という噂が立つようになった。かつての筆者のように、興味本位の肝試しで訪れる人もあり、また、暴走族がたむろする季節もあるなど、違った意味でも怖いスポットになっていったのである。

そもそも、なぜ旧伊勢神トンネルが「心霊スポット」になってしまったのか、地元っ子の筆者ですら詳しくは知らない。聞いた噂(うわさ)では、「工事の完成のために人柱を埋めた」というものもあるが、真偽は全く定かではない。しかし「伊勢神トンネルで幽霊を見た」という話は、今やインターネットを検索すればワンサカ出てくる。

一時期は全国ネットのテレビでも取り上げられ、当時まだご存命だった霊能者の宜保愛子さんが伊勢神トンネルを訪れ、「トンネルの工事中に死者が出た。その霊が成仏せずに幽霊となっているようですね」と断言し、除霊を行っていた姿をテレビで見た記憶がある。

そんなメディアでの派手な取りあげられ方がウソのように、筆者の目の前の入り口は悲しいくらいに静かだ。はっきり言って怖い……。クルマごと吸い込まれそうな錯覚に陥るが、意を決して全長約300メートルのトンネルに突入した。

外から見るよりも中は狭く感じる。石組みにはところどころに落書きもされていた

入り口の苔にもビビる?

幅はやはり狭く、自家用車でも対面通行は難しいというレベルだ。坑口に入るやいなや、ガタッ!という音がしてクルマは大きく揺れ始める。アスファルトがガタガタになっている。

スピードを緩めトンネルの中を見回す。照明がないため、クルマのヘッドライトだけが頼りという状態だ。トンネル内部も汚れており、石組みでところどころ暴走族の落書きまで見える。そしてなぜだかこのトンネル、音響効果はバツグンなのだ。エンジンの音がトンネル内でこだまし、エンジンが絶叫しているような状態だった。

見るからに手入れされておらず、一抹の寂しさも漂う

幸いなことに今回、筆者は何かを「見る」ことはなく、反対側の坑口にたどり着いた。坑口に生えていた苔は、トンネルでの恐怖も相まってか、先の口のよりも一層深く、ぞっとするような色彩に感じられた。「伊世賀美隧道」の看板文字までもが、ホラー映画に出てきそうなくらい苔むしている。

古い「伊世賀美隧道」のサインも苔むしていた

一昔前までは、人々の物流を支える道であったというのに。少しもの悲しい気持ちにもなりながらトンネルを後にした……。はずだったのだが、トンネルを出てしばらく走った先の道が完全に凍結していたため、夜も更けた時間に真っ暗な旧伊勢神トンネルを通って引き返すことになったのだ。

入り口付近に陽光が差し込む昼間ならまだしも、完全に日が落ちた後だと、暗闇で得体のしれない何かがこちらをうかがっているのでは、という錯覚にとらわれてしまう。とはいえ、辺りの様子を見ながら徐行運転するのもある意味恐ろしい。なんせこのトンネル、幅が狭いのに一通ではないのだ。反対側から大型車が来た場合には道を譲るため、行ったり来たりを繰り返さなければならなくなる可能性だってある。

この旧伊勢神トンネルで度胸を試したいという方、よほどの度胸を用意して、夜に訪れていただくといいだろう。きっと、「もう二度と度胸試しなどするものか!」と実感できるはずだ。

●information
旧伊勢神トンネル
愛知県豊田市明川町通リ洞