右脳と左脳に優劣はない

――津久井さんはクリエイターも事務処理能力を身につけるべきだとお考えだそうですね

よく「クリエイターは直感やひらめきを大事にする右脳派」といった言葉を聞きます。 確かに左脳的な考え方に偏ってしまうと、斬新なアイデアは出てこないかもしれません。しかしある脳科学者によると、優秀な人ほど右脳と左脳の連携ができているのだそうです。

どれほど素晴らしい才能を持ったクリエイターでも、ビジネスの常識を平気で破ったり、大事な約束や納期を守らなかったりすれば仕事が成り立ちません。つまりクリエイターとしてのセンスと、一般的なビジネスマナーや事務処理能力に優劣はないということ。これからはクリエイターも自分のビジネスをきちんと管理しなくてはいけないと思います。

――現代は仕事の能率を上げるツールやノウハウがたくさんありますね

事務処理には手間がかかることが多いので、そんなときこそデジタルツールを活用してほしいと思います。創作する時間を大切にしたいのであれば、そのほかの作業は徹底的に効率化すべきです。それもまた自分のクリエイティビティを発揮するための手段だと思います。

書類はすべて一括で管理

――津久井さんがすすめるデジタルツールがあれば教えてください

ファイルメーカーというデータベースソフトです。私はこれで送付状データベースをつくり、見積・請求・納品書をはじめ、お礼状や手紙といったビジネスにかかわる書類を管理しています。

ファイルメーカーなら書類を一元管理できる

例えばワードやエクセルで書類をつくると、そのたびにファイルが増えていきます。 しかも閲覧するときはファイルを一つひとつ開かなければいけません。その点ファイルメーカーはちょうどルーズリーフを一つのバインダーにとじるように、複数のレコード(ファイルとほぼ同義)をまとめられます。また画面左側にある見開きノートのアイコンを押せば、ページをめくるようにレコードを閲覧できます。キーワード検索機能もあるので、「○○社」と入力すればその会社に送付した書類や件数なども表示され、とても便利です。

ごく簡単に送付状のつくり方を説明すると、まずフィールドという入力ボックスを使って「宛名」「本文」「日付」など、自分が必要とする項目を設定します。そしてレイアウトを変えたり背景の色を付けたりしたあと、一つのレコードとして保存します。

私は送付状データベースを住所録やメーラー、PDF出力機能、スケジュールなどと連動させ、自分が使いやすいシステムを構築しています。ただし関数を勉強する必要があるので、初心者の場合は用意されたテンプレートを使うことから始めてみるといいでしょう。ちなみにMicrosoft Accessというソフトも同様の使い方ができます。

――ファイルメーカーを自在に使いこなしている津久井さんですが、以前からパソコンが得意だったのですか?

いいえ、私はどちらかというとアナログ人間で、大学生の頃は腕時計もしていませんでした(笑)そのため時間はいつも公共の場にある時計を見ていましたね。 パソコンもあまり得意ではありませんでしたが、社会人になり先輩の仕事を手伝うためにファイルメーカーが必要となり、結果としてパソコンスキルも習得できました。もともと数学が好きだったので、それに合致したのかもしれません。

そんな矢先に、社長自身が担当していた最大のクライアントを引き継ぐことになりました。この仕事が実に大変で、請求書だけで毎月100枚。しかもすべて手書きです。当時営業部にはパソコンが1台しかなく、新人だった私が書類を作成するにはそうするしかありませんでした。2年ぐらいはそんな状態だったでしょうか。

しかしさすがにこの方法では効率が悪いので、独学で学んだファイルメーカーの知識を駆使し、あらゆる書類をデジタルに変換して連動させました。

以前は過去の実績と照らし合わせて見積を組んだり、請求先が違うだけでほとんど同じ書類をつくったりするのに苦労しましたが、飛躍的に改善されました。振り返ってみると、この経験があったからファイルメーカーを使いこなせるようになったのだと思います。GoogleカレンダーiCalがなかった頃には、スケジューラーを自作したこともあります。独立するときもファイルメーカーの知識が非常に役立ちました。

創作のためのしくみづくり

――早い段階で事務処理のシステムを構築したからこそ、現在の受注実績があるわけですね。そのほかにも事務にかかわることで工夫していることはありますか?

議事録や報告書など、何か文章を使って説明するときは結論を先に持ってくるようにしています。またメールを作成するときは、読み手が見やすいように文字のポイント数や行間の空け方を工夫します。メールの文面もデザインの一つだと思うので、いつも見た目の美しさやわかりやすさを意識していますね。

そして送信する前に最低10回は見直すこと。文章はちょっとした思い違いがトラブルを生むこともあるので、細心の注意を払っています。

そこでよく使うのが「どうぞよろしくお願いします」という結びの言葉です。単に「よろしくお願いします」だけだと、ぶっきらぼうな印象を抱かせる恐れがあるので、必ず「どうぞ」をつけるのです。これが今社員の間でブームになっています(笑)

――「クリエイター」と「事務処理能力」とは意外な気がしましたが、お話をうかがってその重要性がよく理解できました

「とにかく創作したい、斬新なアイデアを発表したい」と常に考えているのがクリエイターです。しかしそれだけに集中し、ビジネスのルールやマナーを無視してしまうとせっかくの才能を世に出すことができません。

事務処理能力を高めることは、クリエイターにとって決して損なことではないと思います。苦手意識があるかもしれませんが、「思いっきり創作に打ち込むためのしくみをつくる」と考え、前向きに取り組んでいただきたいですね。

(撮影 : 中村浩二)



INTERVIEWER PROFILE : 早川洋平 / KIQTAS(キクタス)
2008年に始めた著者インタビューポッドキャスト「人生を変える 一冊」をきっかけに起業。
現在は、企業や教育機関、公共機関などにポッドキャストを中核としたサービスを提供している。インタビュアーとしても精力的に活動、渡邉美樹さん、堀江貴文さん、石田衣良さん、寺島実郎さんらこれまでにインタビューした人物は1,000人を超える。
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