ひまわり証券の社内研修として行われている「相場塾」。必修研修ではなく、希望者のみが参加するという自由形式で行われており、"相場師"林輝太郎氏の著書『相場技法抜粋―相場技術論の核心―』(林投資研究所刊)をテキストとして、相場を理解していこうという内容となっている。今回のテーマは「複雑に考えるな」である。

「複雑に考えるな」をテーマに、第5回となる『相場塾』が開かれた

相場の売買は、「やさしいとは言わないが簡単」

11月5日に行われた相場塾では、前回同様、まず、テキストの朗読から始まった。今回の議論のテーマである「抜粋5 複雑に考えるな」には、こうある。

筆者が30年近く付き合っている(というより教わっている)老齢の相場師は、よく次のように言う。「(中略)売買ってのはね、やさしいとは言わないが簡単なんです。売りと買いしかないんですから。それをわざわざ複雑にし、難しく考えているのが一般の投資家なんだ。これは、新聞、雑誌、教科書が理論家や評論家、というより実践とかけ離れた人たちによって書かれていることにもよるんだが、投資家が錯覚してしまうんだ(『相場技法抜粋―相場技術論の核心―』(林輝太郎著)14ページ)。

相場塾の"塾長"を務める、ひまわり証券 営業企画本部長 猪首秀明氏は、まず、参加者に「抜粋5を読んで、何を感じたかというのをまず聞かせてもらいたい」と切り出した。

参加者A : 売買は単純なことなんで、複雑に考えないで実践を重ねていけば、それが経験となって上達への最短距離となるのに、複雑に考えてしまって実践回数を重ねなかったり、失敗を恐れて相場の動きをただ見ているだけだと、成功というより失敗のほうに向かってしまう、ということを言っていると思いました。

参加者B : 売りと買いしかないと言われて、それはそうだと思いますけれども、売りと買いの"タイミング"のところで難しく考えてしまいますし、現状、負けの人が多くて、勝っている人が少ないのは、売買が難しいからそうなるのか、難しく考えているから負けているのか、どっちが先か分からないです。やはり、簡単に単純化してと言われても、投資家にとっては、自分のお金が増えるか減るかっていうのは大切なことなので、難しく考えてしまうんだと思います。

売買というのは「売り」と「買い」しかなく、まことに簡単だといえる。(中略)多くの人が損をしているのだから、売り値が買い値よりも手数料を引いて1円でも高ければ、それで名人・上手なのである(『相場技法抜粋―相場技術論の核心―』(林輝太郎著)15ページ)。

参加者C : 複雑に考えるなって書いてありますけど、何も考えずに簡単にただ売ってみろ、買ってみろっ、てやったら、それで利益になるのかっていったら、違うと思うんですね。以前の抜粋でもあったように、やっぱりどのようにして利益を増やしていくかっていう、自分のトレードはきちんと記録するなり、勉強していくことは大切だと思います。ただここでは、その方法として、新聞、雑誌、教科書、理論家や評論家の言っていることなど、何でもかんでも詰め込みすぎると、本質が見えなくなっていくのかな、ということを言っていると感じました。

「複雑に考えること」は、人間の"本能"?

続いて、残りの参加者全員が自分の意見を述べた後、猪首氏は、以下のような発言を行った。

猪首氏 : みんながそれぞれ言ったことについては、なるほどな、というか、その通りだよね、ということばかりで、否定とか間違いを指摘するものではなかったように思う。現実には、ほとんどの人が、難しく書いてある本とか、難しいルールやロジックが組み込まれたシステムのほうが儲かると思っちゃうんじゃないかな。放っておくと人間は、本能なのかどうか分からないけど、複雑に考えちゃう。今回のテーマは、それを戒めるために、あえて抜粋しているんじゃないかと思うんだけれども。

"塾長"を務める、ひまわり証券 営業企画本部長の猪首氏は、参加者と対話をしながら、議論をリードしていった

猪首氏は、「複雑に考えること」が人間の本能に近いものではないかと仮定し、それを戒めるために、この抜粋があるのではないかと問いかけた。これに対し、以下のような指摘が参加者の一人からなされた。

参加者D : 自分もFX初心者のころは、FXって何なのか、どういう風なトレードをすればいいか、あれも知りたい、これも知りたい、全て知りたいってことで、複雑に考えちゃう部分もあったけれども、いざ相場の勝ち負けということにこだわれば、そんなに難しく考える必要はなかったと思います。複雑に考えるなといいつつも、初心者に関しては、入り口はしょうがないかな、というのもあります。

「難しい脚色を聞き手も求める」という事実

ここで猪首氏が議論の視点を変え、裁判における「伝聞証言」や、遊びの一種である「伝言ゲーム」を例に出して、今回のテーマの意味をとらえなおす発言をした。伝聞証言というのは、証言者が直接見たり聞いたりした事実を言っているのではなくて、誰かから伝え聞いたことを証言したものを指す。伝聞の過程で内容が変わってしまう可能性があるため、証拠としては優先順位が低い。

猪首氏 : 情報というのは、発信元を離れた瞬間から、どんどん変化していく。相場において、何が正確で間違いがない情報かっていうと価格しかなく、付いた値段は変わりようがない。だが例えば新聞というのは、たぶん公平に書いてあるはずなんだろうけれども、起きた現象をそのまま書いているのではなく、書いた記者の主観がかなり入ってくる。さらに、この記事を誰かが読んだら、今度は読み手の主観が入ってくる。相場だと、価格が上がったとか下がったとかいう現象しかないのだけれども、そこに上がった理由、下がった理由を後付けで付けていかないと、文章にはならない。新聞の記事を書くのに、「買う人が多かったから価格が上がった模様です。売る人が多かったから下がった模様です」なんて書いたら、これは記事ではないでしょ、これは。

猪首氏は、相場に関する情報に脚色が入ることにによって、投資判断がゆがめられてしまう恐れがあると、これらのたとえで指摘した。そこでは、難しい脚色(後付けの理由)であればあるほど、「よく知っているな」という風に思われ、聞き手のほうも、「難しく聞きたい」という潜在的な欲求がある。さらに猪首氏は、興味深いエピソードを紹介した。

猪首氏 : 知人の投資家の話なんだけど、マーケットの動きをテレビで見る際、画面の下のチカチカ動いている値段は見るけれども、値段について解説者が解説し始めると、テレビの音を消すって言うんだよ。何が正しいかというと値段しかないんだから、付いた値段だけを見て、自分の考えをかきまわされるような意見を聞かないようにするために、すぐ音を消すって。これも一つの、シンプルに考えるためのアクションかな、と思った。

また、「これも余談だけれども」として、以下のような発言を行った。

猪首氏 : チャートに直接の値動き以外の、いろんな線を描いちゃう人がいる。移動平均線とか、一目均衡表とかね。いいか悪いか一概に決めちゃいけないんだけれども、ある人は、描くなって言うんだよ。移動平均線なんか特に、相場の大きな流れとかうねりとかを感覚的に見つけていく上で、邪魔になるって言うんだよ、実態とは違うと。直接動いた値段だけを追いかけていけって。最終的な締めを言うと、今回の「抜粋5 複雑に考えるな」は、『難しく分析すればするほどいい結果につながるというのは、錯覚でしかないんだから、良くないよ』と言っているのかな。

この締めに対し、参加者は納得の表情。

参加者E : いろんな情報をもらえばもらうほど、分かった気になっているということですよね。

猪首氏 : たぶんもっと深いって言うかね。「複雑に考えるのは駄目」と言っているのは、それ(複雑に考えること)をやったら命取りになるくらいの重みがあるのではないのかな。

参加者F : 初心者が売りと買いを始めようと思った瞬間でも、売ったり買ったりすることは、不安すぎてしょうがない。買うにしろ、売るにしろ、何とかして他の情報から来た理由が必要で、その理由になる情報が多ければ多いほど、安心してしまうのではないか。

参加者E : 結果に対するいいわけみたいになってしまうかもね。

猪首塾長の解説に対し、参加者が各人各様の解釈をして、自分の中に取り入れている様子が伺えた。お仕着せでなく、対話をしながら、皆が考えるというのが、「相場塾」のスタイルなのだろう。