──「はやぶさ」といえば、ネットでの盛り上がりも見逃せません

山根氏 ニコニコ動画で『探査機はやぶさにおける、日本技術者の変態力』(下記参照)などの動画が注目されましたよね。関係者もあれを見て「よくできてるね~」と話していました。VOCALOIDで楽曲を制作して、それに映像を合わせて「はやぶさ」の話題で盛り上がる、といったムーブメントはとても現代的な現象だと思います。かつては応援メッセージやイラストを手紙でJAXAに送ったり、どこかに掲示したりするくらいしかできなった。それがパソコンツールやウェブサービスを活用して、さまざまな形式で応援したり、話題にしたりできるようになったわけで、IT環境の進歩、普及が「はやぶさ」や日本の宇宙開発への関心を高めることに大きな役割を果たしたという文化的な意味も大きかった。


ふり返ると、「はやぶさ」はイトカワ着地に成功した2005年までは、一般の方々にはほとんど注目されていなかった。ニコニコ動画のスタート(2006年12月プレオープン)やブログの普及、さらに帰還の1年くらい前からはTwitterも加わって、ネットでジワジワと関心が広がり、2010年に入ってからかなり知られるようになりました。もちろんその背景には、プロジェクトに携わる関係者たちもブログやTwitterを積極的に活用して、情報を発信していたことも大きく影響しているでしょう。このような動きは、新しいメディア論として捉えてもたいへん興味深いことで、大学での講義のテーマにとりあげています。

新聞やテレビなどの大マスコミは、日本の宇宙開発に対してどこか醒めているというか、突き放すような面があります。打ち上げに失敗すると「ほれ、見たことか」と揶揄するようなムードを醸したり。「どれだけの予算が税金から投入され、それが無駄になった」「打ち上げは欧米に任せればいい」という論調すら出てくる。でもアメリカのNASAは日本とは桁違いの予算を宇宙開発に投入し、何倍もの回数ロケットを打ち上げている。当然、中には失敗しているケースもありますが、そこから学んで技術の信頼性を向上させ、ビジネスにつなげてきた経緯があるわけです。日本はただでさえ厳しい予算しか与えられず、「もし次も失敗したらプロジェクト凍結か」という常にギリギリのシチュエーションで研究開発を進めています。そんな厳しい環境で、「はやぶさ」は人類初、世界初の偉業を成し遂げたんです。

日本の技術は、世界的に誇れる素晴らしい潜在力をまだ持っている。ネットを通じて広まった「はやぶさ」への関心などを見ても、一般の人々のほうが政治家よりもずっと理解しているし、前向きに捉えていると思います。本書を手にしてくれた読者の感想などからも、それは強く感じますね。

このような「はやぶさ」を切り口にした新たなメディア論も本書で取り上げたかったんですが、紙幅の関係でカットせざるを得なかったんです。

──そんな思いとはうらはらに、予算配分の縮小やプロジェクトの見直しなど、日本の宇宙開発には依然として逆風が吹いているようです

山根氏 時間をかけ、きちんとした検証をせず科学技術を潰そうとした「事業仕分け」は、タコが自分の脚を食べて生き延びようとするのと同じ。宇宙開発だけでなく、日本の科学技術を軽んじる政治家は日本の衰退の象徴です。

私は"人間がフロンティアへの挑戦をやめた瞬間に、人間ではなくなる"と信じています。人類は、新大陸を目指す大航海、エベレストの頂上を目指した厳しい登山、南極点に向かった命がけの旅……、そういう不可能と思われる挑戦を続けてきた。人類の進化史とは、そういう冒険や挑戦の連続なんです。とりわけ科学技術は、冒険と挑戦の連続です。当然、失敗も多い。そのリスクをおそれずに挑戦し続けてきたからこそ、文明は進化してきた。「なんでいま月を目指さなきゃいけないんですか? 火星に行く必要あるんですか? お金のないときにそんなことやっても意味がないでしょ。アメリカがやっているんだから、任せちゃえばいいでしょ」という目先の損益にとらわれた偏狭な政治が、どれほど日本を衰退させてしまうか。さらに技術力の衰えが、結果的にどれほどの経済損失をもたらすことになるか。

人間が宇宙に出ることの意義は、従来とはまったく違う視点から地球を、そして人間を見ることにあるんです。新しい価値観や世界観を得ることができる……ということだと思うんです。人類は、宇宙に出て初めて、薄い膜のような大気と豊かな水、海に包まれた、まるでひとつの生命体のような地球の本当の姿を認識するようになった。そこで得られた叡智が、環境問題や生物多様性などを考える上でどれほど役立ってきたか。宇宙開発は単に人間の活動範囲が広がる、ということだけでなく、文化的なイノベーションをもたらす取り組みであり、その挑戦が広く国民を勇気づけ、自信をもたらしてくれる……。「はやぶさ」に日本中が喝采したことは、まさにそれを物語っています。「はやぶさ」によって日本人が得た活力や自信は経済の活力にも通じるものでした。また、子どもたちにも大きな夢、未来を与えてくれました。それは、子ども手当を何兆円バラまいても絶対に得られないことなんです。


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