小説家・秋田禎信氏が紡ぎ出す「魔術士オーフェン」や「エンジェル・ハウリング」などの世界。そんな名作の"その後"を書き下ろした作品を中心とした「秋田禎信BOX」が2009年12月22日に発売される。全3冊、合計1,000ページを超える大ボリュームが魅力となる本作だが、その発売を前に、秋田禎信氏が語ったメッセージを紹介しよう。

小説家・秋田禎信氏が語る「秋田禎信BOX」

――今回1,000ページを超えるBOXとして出版されることになった経緯を教えていただけますか?

秋田禎信氏

「すごく成り行きなんですよ。もともとはこのシリーズをやっていた富士見書房さんの20周年記念のようなカタチで、すでに終わったシリーズの後日談のようなものを書くという企画があったのですが、方向性など、ちょっとした諸事情がありまして、申し訳なかったのですが最終的にお断りさせていただくことになったんですね。ただ原稿だけは先走って書き上げてしまっていて、手元に残ってしまったんですよ。それで、自分のサイト(「モツ鍋の悲願」)に冗談で載せはじめたら、わりと反響があって、編集の方から本にしないかというお話をいただきまして。ただ、WEBで掲載されているものをそのまま本にまとめるだけということには抵抗があったので、何か説得力のある、本にしてもおかしくない理由付けがあれば協力しますよというようなことを、売り言葉に買い言葉で言ったところ、こんなことになってしまいました(笑)。まさか書き下ろしをこんなに書くことになるとは思わなかったですね」

――これほどのボリュームになる予定ではなかったのですか?

「もっと本当は少ないはずだったんですけど、書いているうちに長くなってしまい、結局半分くらいが書き下ろしになってしまいましたね。書いている途中から自分でもおかしいなとは思っていたのですが(笑)。すごく角ばった箱になってしまったのですが、こういう変わった企画ですし、何年も前に終わったシリーズのものなので、すごく数を絞って豪華な本にしようという話になりまして、今回のような受注生産という形でやらせていただく流れになりました」

――久しぶりに書いてみて、スムーズに筆は走りましたか?

「書くのにはそれほど手間はかからなかったのですが、やはり昔のことだけに細かいところを覚えていなんですよ。一所懸命に思い出しながら書いたのですが、もしかしたらところどころ間違っているかもしれないですね(笑)」

――昔のものを読み直したりということはしていないのですか?

「手元に本がないんですよ。なので確認のしようもなかったので、自分の記憶だけで頑張りました。たぶん、だいたいはあっていると思うんですけどね(笑)。ただ今回のBOXには、実はすごく古い原稿も収録されているんですよ。角川mini文庫のものなのですが、この著者校正をしたときは、もう絶望的な気持ちになりましたね。『マジかよ』っていうぐらい(笑)。ただ、ここで書き直してしまうのはちょっと本末転倒なので、なるべく直さないようにして載せました」

――それは文章的なところですか? それともプロット的なところですか?

「もう全部ですね。当時の自分が理解できないと思いました。もう10年くらい前の話ですからね。ちょっと話はそれるのですが、最初のもの(「魔術士オーフェンまわり道(1) 悪逆の森」)は、締め切りが過ぎても全然書き終わらなくて、スランプだと思ってすごく落ちこんでいたんですよ。それで、編集の方に『すいません。ちょっと待ってください』と泣きつきながら、何とか書き上げて原稿を送ったら、電話がかかってきて、『これ倍書いてますよ』って。それは終わるわけないですよね(笑)。それで、『これどうしますか? 上下巻にしますか?』って言われたのですが、mini文庫で上下巻はちょっとおかしいなと思ったので、『わかりました。明日まで待ってくれたら半分に削ります』といって、できあがったものなんですよ。それくらい突貫で書いたものなので、もちろん手を抜いて書いてわけではありませんが、その当時のめちゃくちゃさを思い浮かべながら、若かったなあと(笑)。若いころの恥ずかしいことというのは、もちろん恥ずかしいですし、キツいんですけど、それを切り捨てると話にならないので、それはそれで、自分の中にちゃんと歴史として陳列すべきだと思うんですよ。著者校正をしながら、当時と今の書き方の違いだったり、考え方の違いだったりを思い浮かべるのですが、結局どちらも自分であって、たぶん10年後にも同じことを言っているのだと思います。逆に10年後に変わっていなければ、それはそれでお終いだと思いますね」

――秋田さんにとって、「オーフェン」や「エンジェル・ハウリング」はどういった存在になりますか?

「ずいぶん長い間やった仕事なので、愛着はありますし、個人的な思い入れというものもあります。思い出してみると自分の20代のころの記憶とごっちゃになって、いろいろと思うところもあったりします。スケジュールにそってがむしゃらに書くという形のものだったので、突っ走っていたころの自分を思い出しますね」

――「オーフェン」などは、戦闘技術を仕込まれた暗殺者であったり、宗教的な背景があったり、かなりヘビーなテーマを扱っているという印象がありますが

「けっこういい加減なところも多いですよ(笑)。戦闘技術うんぬんといったところでも、冷静に考えてみると、人間の骨格だと絶対にムリだよなってことをやってたり、かなりでたらめなところも多いですね。特にオーフェンなどは、右も左もわからないような若い頃に書き始めた作品ですから。ただ書いている中で段々と、物語のテーマとはどういうものか、物語を作るにはどうしたらいいか、ということを学んでいって、まあそのおかげで行き当たりばったりになって、あちらこちらに振ったり振られたりという面もあるわけですが。そんな結果としてシリアスなテーマもつまむことがあったのかなと思います」

――今回イラストも新たに描き下ろされていますね

「ものすごく忙しい中でご協力していただき、草河さんや椎名さんには本当にもう頭が上がらないですね。イラストを見て面白いなと思ったのは、久しぶりに描いていただいたのにも関わらず、当時のメッセージにようなものがちゃんと見えてくるんですよ。僕自身も、細かいところをいろいろと忘れてしまっているのではないかとヒヤヒヤしているわけですが、絵はもっと細部にこだわりますからね。ちょっとした描き方で表情が変わってしまうものなので、そのあたりはさすがだなと思いました」

――「エンジェル・ハウリング」は今回もミズー編とフリウ編として2本が書き下ろされていますが、ミズー編とフリウ編を書く場合は同時に進行させるのですか?

「単純に順番で言うと、ミズー編を先に書いて、その後にフリウ編を書きます。どこかで同時に考えながら書いているのだとは思いますが、きちんとプロットをたてて、整合性を合わせてということはないですね。何となく自然にまとまるものだなあと思っています(笑)」

――秋田さんといえばやはり"あとがき"ですが、今回発売されるBOXの第一巻にもちゃんと"あとがき"が用意されていますね

「これはもう絶対に"売り言葉に買い言葉"ですよね。『入れたるわい』みたいなもんですよ(笑)。"あとがき"ということになってはいますが、実質は"原稿"ですよね、"あとがき"というタイトルの。ちゃんと1巻を書いた当時の掛け合いでやっていますから。それこそ当時のことを思い出しながらね(笑)」

――今後、こういったものを書いてみたいという展望はありますか?

「やりたいものはいろいろとあるのですが、以前から、恋愛ものを一本、ちゃんと書きたいなと思っています。本当はとっくに書きあがっていなければいけないんですけどね(笑)。いろいろな企画があって、早くやらなければいけないなと思いながら、ボチボチとやっています」

――それでは最後にファンの方へのメッセージをお願いします

「大昔の作品の、すごくヘンテコな経緯で始まった企画で、実際にヘンテコなまま、うまくまとまりそうな感じがしているのですが、そういったお祭り的な部分を一緒に楽しんでいただけたらいいなと思います、本ができあがるまでもう少し時間がかかるのですが、いいものに仕上がればいいなと思っていますので、楽しみにお待ちください」

――ありがとうございました



「秋田禎信BOX」は、TOブックスより2009年12月22日の発売予定で、価格は7,350円。小説家・秋田禎信氏の世界を存分に堪能できる作品として、特に「魔術士オーフェン」や「エンジェル・ハウリング」のファンの方は注目していただきたい。なお、本作は完全限定生産で、予約の締め切りが2009年10月30日となっているので、気になる方は早めにチェックしておこう。

■秋田禎信 (AKITA YOSHINOBU)
1973年東京生まれ。17歳で第三回ファンタジア長編小説大賞にて審査員特別賞受賞。加筆後、「ひとつ火の粉の雪の中」(富士見ファンタジア文庫)で作家デビューする。
代表作である「魔術士オーフェン」(同)シリーズが累計1200万部(全20巻)を超える大ヒット。続く「エンジェル・ハウリング」(同)シリーズも100万部(全10巻)を超えた。
他に「カナスピカ」(講談社)、「誰しもそうだけど、俺たちは就職しないとならない」(TOブックス)など。
最新作「ベティ・ザ・キッド」を「ザ・スニーカー」(角川書店)、「機械の仮病」を「別冊文藝春秋」にてそれぞれ連載中。
タイトル 秋田禎信BOX
仕様 3巻セット / 四六判 / ソフトカバー / 豪華函入り
総頁数 約1,200ページ (※仕様確定前につき、総頁数は多少増減する場合がある)
発売予定日 2009年12月22日
予約締め切り 2009年10月30日
価格 7,350円
発行元 TOブックス