サダム・フセイン――言わずと知れたイラクの独裁者。イラン・イラク戦争にクウェート侵攻、湾岸戦争、イラク戦争……。中東だけでなく、世界を揺るがした戦争の数々を引き起こした張本人。正直なところ、これまで"サダム・フセイン=人とは思えない冷血な独裁者"くらいの認識しかなかった。しかし! スター・チャンネル ハイビジョン[BS 10Ch]/スター・チャンネルで放送されるドラマ『サダム 野望の帝国』(9月26日、27日 21:00~)を見て、その認識は変わった。なんて弱くて、愚かな……。そう、彼もやっぱり"人の子"だったのだ!

『サダム 野望の帝国』

サダム・フセインの人間性に斬り込む『サダム 野望の帝国』

『サダム 野望の帝国』は大統領に就任した1979年から、2006年11月に死刑判決を言い渡されるまでのサダム・フセインを公私にわたって描写。実は、サダム・フセインという独裁者を生み出した背景には、家庭環境という私生活の部分が大きく影響している。義父から暴力を受けて育った"弱いサダム"は、強さへの憧れが大きかった。しかし悲しいかな、彼は本当の意味で強くなることはできなかった……。弱さを克服できない人間がヘタに権力を握るとタチが悪い。パワハラでご満悦のアホ上司と同じで、権力の使い方を間違ってしまう。自分、そして自分の国イラクが強く見られることに喜びを感じるサダム。邪魔者を粛清することで「私が強く映るだろう」とニヤリ、多国籍軍が敵に回れば「それほど多くの国がイラクの強さを恐れている」とウヒャウヒャ。自分がやっていることの愚かさからは目を背けて、見せかけの強さに自己陶酔するなんて、完全に弱い人間の発想だ……。もちろん、そんな男を心から慕う人間なんていないわけで、サダムは国の中でも家庭の中でも孤立していく。

サダム・フセインを取り巻く家族たちも描かれる

この作品のウマいところは原題『HOUSE OF SADDAM』にも表れているように、家庭レベルの問題も大いに取り入れていること。サダムが甘やかしたがゆえに究極のダメ人間になっていく長男ウダイ、そんな兄の姿と父への恐怖から絶妙な立ち振る舞いを覚えていく策略家の次男クサイ、愛人に肩入れするサダムに耐えられずヒステリックになっていく妻サジダ……。そこに一族の権力争いも組み込まれることで、サダムとその一族の感情が浮き彫りにされる。だからこそ、報道だけでは知ることのなかったサダム・フセインの人間性が伝わってくるというわけ。

絶妙なキャスティング! サダムはイガル・ノールのハマり役!!

もちろん、キャストの功績も大きい。何と言っても、サダムを演じたイガル・ノール! まず、外見が文句ナシにサダムそっくり。それだけでドラマのリアリティー度がぐっと上がる。そこへもって、彼の演技だ。アル=バルク前大統領を辞任に追い込むときの悪~い顔、彼なりに家族を守ろうとする親の顔、そして特筆すべきは逃亡生活で見せる愚かな行動。特に、米軍に逮捕される直前に見せるジタバタぶりは秀逸としか言いようがない! 背中を丸めながら動揺丸出しの足取りで地下壕から出て、命乞いをする彼。その言動のすべてにサダムが弱い"人間"であることが集約されている! 拘束時に「サダム・フセイン。イラクの大統領だ。交渉がしたい」と言ったことは有名だけど、その言葉の持つ愚かさが悲しいほど伝わるのは、ノールの演技があってこそ! まさにハマり役としか言いようがない。ま、この役がハマり役と言われることが、ノールにとって喜ばしいことなのかどうか、微妙なところではあるけれど……。

そっくり、というか本人……?

さすがHBOとBBCの共同制作! ドラマの質は上々

"ドラマ"としての観点から見ても、質が非常に高い。何といっても、アメリカのケーブルネットワーク局HBOとイギリスの国営放送BBCの共同制作だ。世界でも評価の高い番組を作り続けている2局がタッグを組んで失笑モノの駄作が出来上がるワケがない! HBOは『セックス・アンド・ザ・シティ』や『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』など、ストーリー展開の起伏とエンターテインメント性に富んだ超人気ドラマを製作している局。方や、BBCは政治的パワーに臆することのないシビアな報道が得意だし、若干退屈な作りではあるものの"本格的なドラマ仕立て"の歴史ドキュメンタリーも多く手掛けている。それぞれがお互いにない技を持ち寄って、うまく生かせれば、かなりのクオリティーが期待される。そこでバランス配分を間違えるとトンデモないことになるのだけれど、これがお見事! 緩急をつけたスリリングな展開、人間ドラマの要素を多く持たせながらも、過剰になりすぎない演出でリアリティーを際立たせたエンターテインメント作品に仕上がっている。

よく見るとツッコミどころも!? 描写の信憑性はいかほど?

"知られざる真実を描いたノンフィクション作品"として製作された『サダム 野望の帝国』。ただし、信憑性が高いからといって、この作品で描かれていることを丸々信じてしまうのは危険! 粛清や戦争などはもちろん動かせない事実だけど、サダムの人間性や人々の思惑に関しては「ドラマである」ということを念頭に置いて見るべき。一応いろんな証言に基づいてストーリーは作られているけれど、本人であれ、身内であれ、他人であれ、証言がすべて正しいとは言えないのだから。それに、もしかしたら製作過程で何かしらの"大人の事情"が働いて、ちょいと事実とは違う描写もあるかもしれないし……。まぁ実際、真実かどうかの問題は置いておいたとしても、明らかに尺の関係で説明不足になってしまっている部分が多少あるのも確か。もっと細かいところをツッコむと、LGのプラズマテレビなど、描かれる時代にはなかったはずの製品が置いてあるというツメの甘さもあったりして……。なので、ドラマの描写だけを鵜呑みにせず、賢く視聴してほしい。冒頭に書いた「サダム=弱くて愚かな"人間"」という個人的感想も、実は巡り巡って作品に踊らされた結果だったりするかもしれないし……。

なお、『サダム 野望の帝国』を放送するスター・チャンネルでは、19、20日に「秋のGW 2days!」と題して無料放送キャンペーンが行われ、『羊たちの沈黙』、『フィフス・エレメント』などの超大作・8作品が無料で視聴できる。詳細・視聴方法はこちらを参照。

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