6月13日、東京・テアトル新宿、大阪・テアトル梅田、愛知・名古屋ゴールド劇場にてアニメ映画『宮本武蔵-双剣に馳せる夢-』が封切られた。『宮本武蔵-双剣に馳せる夢-』は歴史アニメドキュメンタリーと銘打ち、迫力の剣劇アクションを交えながら、宮本武蔵の実像に迫る意欲作。

『宮本武蔵-双剣に馳せる夢-』は東京・テアトル新宿、大阪・テアトル梅田、愛知・名古屋ゴールド劇場にて公開中。押井ファン、歴史ファン必見の内容だ

原案・脚本は『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』などの押井守氏、監督は押井作品の演出を歴任し『アタゴオルは猫の森』なども監督した西久保瑞穂氏、キャラクターデザインは『キル・ビル Vol.1』でアニメーションパートの監督を担当した中澤一登氏、アニメーション制作をプロダクションI.G、主題歌『生まれ落ちた者へ』を泉谷しげるを手がけ、劇中曲には浪曲の国本武春が参加するといった、骨太のスタッフ編成となっている。

アニメならではの剣戟シーンと『五輪書』の再解釈に取り組んだ本作。吉川英治の『宮本武蔵』やマンガ『バガボンド』など従来の武蔵像に切り込みたかったと押井氏

公開初日には東京の公開館であるテアトル新宿に押井氏、西久保氏、そして泉谷しげるの3人が顔を揃え、舞台挨拶を行った。普段から弁舌巧みな押井氏だけに、舞台挨拶でも西久保氏、泉谷が口を挟む間もなく(?)、独自の武蔵論は絶好調。以下、その模様を紹介しておきたい。

劇中で熱弁を振るう武蔵研究家の犬飼喜一。「あれって俺なの?」(押井)、「武蔵の肖像画をもとにキャラクターを作ってもらったんで、たまたまです(笑)」(西久保)


■押井守氏 (原案・脚本)

原案・脚本を担当した押井氏。「剣豪でも剣聖でもなくて、かつてこういう日本人がいたんだ、という新鮮な驚きがあった」

「原案と脚本をやった押井です。あくまで監督ではないので、責任は西久保にあります(笑)。自分の脚本を違う監督に渡すというのは『人狼』で1回やってるわけだけど、この方式もなかなか楽しめるなと。僕は書くのは1週間かからないわけで、あとは映画ができるまで1年間待ってるだけというね。なかなか楽しかったです。

前に『立喰師列伝』をやったときに、このドキュメンタリー方式でまだやれるなと思ったんですよ。ただ僕が考えてたよりも絵は動いていたので。たぶん僕が監督やっていたら、最初の巌流島で武蔵が振りかぶったところで止まっちゃうだろうなと(会場笑)。西久保がやったおかげでかなり楽しめる作品になったと思うし、武蔵のかっこいいところも増えたんで。あとやっぱり浪曲をバックに剣劇をやるというね、あの浪曲がよかったと思いますね。音楽好きの西久保らしいなと。ウンチクに飽き始めると浪曲が入ってチャンバラが始まるという、あの展開がよかったと思いますね。やっぱり他人事で語れるのはすごくうれしいね(笑)。

アニメのドキュメンタリーって変と言えば変なんだけど、僕のなかでは珍しいことではないというか、ドキュメンタリー自体が基本的にはフィクションみたいなものなんで、演出が入るという意味では全部映画なんですよ。これはだから言ってみれば、ヒストリーチャンネルとかNHKスペシャルとか、ああいうのが大好きな人間だったら楽しめるでしょう。あと武蔵って実在の武蔵自体があまりにも面白いので、フィクションにする意味がないというか、知られていない武蔵を語ればドラマはいらないんだというかね、そのほうがはるかに劇的で面白いので、劇映画として作る発想は最初からなかったの。

もちろん僕も昔の内田吐夢とか、巨匠たちの武蔵の映画は全部観てるんだけど、いろいろ調べ始めて、武蔵とか『五輪書』というのは有名だけど誰も読んだことがない。武蔵に興味を持ったのはそれを読んでからですね。近代人だから自分の考え方によく似てる部分があって共感できたっていうか、ものすごく頭のいい人で、日本にもこういう人材がいたんだ、っていうさ。世に言う侍とか武士道とは全然関係ないわけだけど、そういう人間に興味があったんですよ。

シナリオだと武蔵とレオナルド・ダ・ヴィンチとの共通点とか、左利き天才説であるとか、吉川英治の『宮本武蔵』がいかに嘘であるか、という話を書いたんだけどさ、これもバッサリ切られた(会場笑)。それはでもシナリオと見比べてほしい気持ちがあるんですよ。吉川英治の『宮本武蔵』でもいいし、『バガボンド』でもいいんだけど、僕の武蔵は違うっていうところを。これもだから創作には違いないけれども、たぶん僕の描いた武蔵は限りなく本人に近いはずだという確信があるので、これを機会に宮本武蔵という人物に、また違った意味で興味を持ってもらえればと思います。

あとは最近なにか若い女性の間で歴史ブームになってるらしいという話も聞いたんで、女性の方にも武蔵にぜひ興味を持っていただきたい。まあ、実際にはこんないい男じゃないですけど。武蔵の肖像画って山ほど残っているんですけどね、全部凶悪な顔をしているんですよ。だから友達にはなりたくないけれども尊敬できる、日本人が誇るべき日本人だというふうに僕は考えています」


西久保瑞穂氏 (監督)

「こういうタイプの映画がまたできればいいなと思ってますので、みなさんよろしくお願いします」と西久保瑞穂監督

「いま押井守のほうから『全責任は西久保にある』と言われたんですけど、確かに90%ウンチクだった押井のマニアックなシナリオを、今回私風に料理したので、責任を取る立場だとは思っています。最初に押井守が家に電話してきて、『馬の話で行こうと思ってるんだけど』『いいんじゃない』って返して、あっと言う間に脚本が上がってきたんですけど、その脚本の最初のところに『決定稿』と書いてあって(会場笑)。いちおう前から『シナリオは1回しか書かないから、あとは好きに変えて構わない』という話だったんですけどね。そのシナリオでは武蔵がダ・ヴィンチみたいに近代的で合理的だっていうのをずいぶん推していたんですが、自分のなかではちょっと結び付きが弱いなと思って、情緒のほうに映画を振っています。僕としてはDVDとかに押井守のシナリオをつけてもらえると、読み物としてとても面白いんじゃないかなと思ってます。今日は本当にありがとうございました」


泉谷しげる (主題歌「生まれ落ちた者へ」担当)

自身も押井作品のファンという泉谷しげる。「最初は押井守だからね、これは下手な曲は作れねえな、みたいに盛り上がって。5分ぐらいで作りましたけどね(会場笑)」

「まあ、とんでもねえ映画を作りやがって……って感じですよね。最初観たときは『なんなんだこの映画は!?』とね。俺はまた押井守の世界が前面に出てきてああだこうだやるのかと思ったら、わけのわからねえジジイが延々しゃべってて(会場笑)。俺は面白かったけど、これはアニメ界にケンカ売ってるのかと。ドキュメンタリーアニメとして捉えると非常に面白いんだけど、それならそれで事前に言っといてくれよ。だったら曲なんか作らなかったぞこの野郎、という感じです(会場笑)。自分の曲が流れて、空しくなってしまわないかと(笑)。まあ、不思議な感じがしたんだけど、この良さがなんとかうまく伝えられるといいんだけどな。

押井さんのやることっていうのは、読めないんですよね。だからいろいろ推測してもしょうがねえかな、と推測不能な状態でぶつけるしかない感じですよね。まったくこっちが思ったものとは違うものが必ず出てくるんで。まさかここまで違うとは思わなかったけど、やはりさすがだなとは思いますよね。ひとつのカテゴリに収まらない人だから、こっちもそう簡単に収まらない努力をしたつもりなんですよ。まあ、作った奴も、観た奴もご苦労さんでした、という感じです」


(左より)原案・脚本の押井守氏、監督の西久保瑞穂氏、主題歌担当の泉谷しげる

(C) 2009 Production I.G/宮本武蔵製作委員会